93話 傭兵の矜持
「ねえ……雇い主を変えることはできないかな?」
「ふーん……それ、どういう意味?」
セラフィーが話に食いついた。
よし、と内心でガッツポーズをしつつ、しかしそれは表に出さず、ブリジットは言葉を続ける。
「たぶん……あなた達の今の主は、ユーバード家。ナカド・ユーバード……じゃないかな?」
「おぉ!?」
セラフィーが派手に反応した。
隠し事のできない子だなあ、と思うブリジットだけど、不思議と彼女のことは好ましく思う。
素直な反応がそう思わせるのかもしれない。
「なっ、ななな、なんのことかなー? 私、しらねーし」
「当たりだね」
「だから、知らないって言ってるだろ!」
「そういう反応が答えを示しているんだよ」
「うぐ」
「諦めろ、セラフィー。王女の方が口が上手い」
「がっくり……」
子供のような人だ。
そんなことを思いつつ、ブリジット王女はさらに話を重ねる。
「あなた達、暁は、ナカド・ユーバードと契約を結んだ。彼の思想理念に共感したからじゃなくて、たぶん、普通にお金だけの関係」
「正解だ」
「なら、雇い主を変えてもいいんじゃないかな? 例えば、私とか」
「裏切れと?」
「私は王女だから、ナカド以上のお金を出せるよ」
「保証は?」
「ブリジット・スタイン・フラウハイムの名に誓い、あなた達を騙すようなことはしません」
己の名前に誓うということは、国に誓うということ。
その約束を違えることは絶対にない。
それを理解しているのだろう。
カインは考えるように、顎を指先で撫でる。
「それは……」
「ならさ、ならさ。三倍、出せる?」
カインの言葉を遮るように、セラフィーがそう問いかけてきた。
「出すよ」
「おっ、即答じゃん。でも、本気? こういうことで嘘をついたら、私ら、めちゃくちゃ容赦しないよ?」
「わかっているよ。私は本気。あなた達の契約値は知らないけど、その三倍を出すって約束する。これも、王家の名を口にした方がいい」
「へぇ……いいね。うん、すごくいいね! 親父、私、この王女様気に入ったかも。乗り換えようぜ!」
「バカを言うな」
「いてぇ!?」
カインに小突かれて……わりと本気で。
そして、セラフィーは悲鳴をあげた。
「魅力的な話ではある」
「でもよ、三倍だぜ。三倍。それに嘘は吐いてなさそうなんだよな」
「そうだな、嘘は吐いていないだろう」
「なら……」
「だからといって、ほいほいと契約を覆して、乗り換えられるものか。お前には、傭兵の矜持というものを、もう一度、叩き込まないといけないようだな」
「げぇ……」
セラフィーは苦いものを食べたような、とても渋い表情を作る。
一方で、カインは眉一つ動かしていない。
その状態でブリジットを見る。
「正直な話をすると、あんたの提案は魅力的だ。裏切られることもないのだろう」
「なら……」
「だがしかし、我々は傭兵だ。金を大事にしているが、それと同じくらい、信頼というものも大事にしている。それを失えば、仕事はなくなり、使い潰されるだけだからな」
「それは……」
「我々の仕事は、誰かの剣となり戦うこと。ろくでもない仕事だ。なればこそ、最低限の矜持を守りたい。信頼を交わす。それをなくしてしまえば、ただの獣でしかない。わかってもらえるかな?」
「うん……そうだね。私、とても無粋なことをしたみたい。ごめんなさい」
「……」
「どうして驚いているの?」
「いや、なに。まさか、素直に謝罪されるとは思っていなかったからな。心を動かされたセラフィーの気持ちが少しだけわかった」
「そっか、ありがと」
暁の二人は敵。
味方にすることはできない。
それでも、ブリジットはこの一時の会話を楽しいと思った。
ついでに……
(今回は断られたけど、事件を解決した後なら、契約できるかもしれないよね?)
そんなしたたかなことを考えていた。
わりと絶望的な状況ではあるが、諦めてなんていない。
欠片も落ち込んでいない。
なぜか?
答えは一つ。
とても単純な理由。
(アルム君……信じているよ)




