92話 囚われの姫
「……ん、ぅ……」
ブリジットは意識を取り戻して、もぞもぞと動いた。
ゆっくりと体を起こす。
しかし、周囲は真っ暗でなにも見えない。
「ここは……?」
声がわずかに反響している。
それに、風の流れがほとんどない。
地下だろうか?
「って、私は……!?」
意識が落ちる前の記憶を思い出す。
馬車が襲撃されて。
ヒカリと騎士達が応戦するものの、押されてしまい。
どうすることもできず、そのまま捕まって……
「……まさか、って思うあたり、私も油断していたのかな」
ブリジットは苦々しい表情をして。
次いで、みんなは大丈夫だろうか? と心配をして。
最後に、キリッとした表情で周囲を見る。
明かりがないため、なにも見えない。
ただ、自由に動くことはできる。
拘束はされていないみたいだ。
現状を少しでも把握するために、どんな些細なことも見逃さないと、じっと目を凝らす。
そんな時だった。
カツカツという複数の足音が近づいてくる。
明かりも一緒で、暗さに慣れ始めていたブリジットは、眩しさに目を細くする。
「おっ、もう起きてんじゃん。おっかしーな? あの薬、もうちょい寝てるはずなんだけど」
「誤差の範囲内だ」
姿を見せたのは、一組の男女だ。
女性の方は幼い。
ブリジットよりも、二つか三つ、下だろう。
しかし、年下だからといって甘く見てはいけない。
その瞳は、まるで野生動物のように鋭く、凶暴だ。
なにもされていないのに背中が震えてしまう。
圧倒的な暴力のオーラをまとっていた。
もう一人の男性は、三十代といったところだろう。
細い体に、フード付きのマントを巻きつけるように着ていた。
女性と違い、口数が少ない。
寡黙な性格なのだろう。
体が細いため、一見すると、吹けば倒れてしまいそうだ。
しかし、それが勘違いだということをすぐに知る。
男も凶悪なオーラを放っていた。
触れるだけで切れてしまいそうな、近寄りがたい雰囲気をまとっている。
「ま、起きてるならちょうどいいよね。はい、これ明かり」
女性が牢の隙間からランタンを差し出してきた。
そこで初めて、ブリジットは自分が牢に囚われていることを知る。
「それと、ごはんね。あ、まずいとか、そういう文句は受け付けないから。まー、けっこう、うまい方だと思うよ? うちら、専属のシェフがいるからねー」
「団員をシェフと言ってやるな」
「えー。でも、あいつはシェフの方が向いてるよ? ま、殺しも上手だけどね」
「えっと……」
とても気さくで、明るい様子で。
しかし、ちょっと物騒な話を突然されて、ブリジットは戸惑っていた。
「あなた達は……?」
「あ、ごめんごめん。自己紹介してなかったね」
女性は明るく笑いながら言う。
「私は、セラフィー・ナイツフォール。暁の副団長だよ」
「カイン・ナイツフォール。この小娘の親で、そして、暁を束ねる者だ」
「暁……!?」
最強の傭兵団の名前を聞いて、ブリジットは思わず驚きの声をあげてしまう。
暁が王国内に入ってきた情報はアルムから聞いていた。
だがしかし、まさか、こうして直に顔を合わせる時が来るなんて。
そして、暁のツートップがこの親子だとは。
ただ、納得だ。
傍から見ていたら、ただの暗そうな男と少女にしか見えない。
しかし直に相対することで、二人の恐ろしさがわかる。
例えるなら、猛獣と相対しているような感覚。
なにもしていないのに、されていないのに、体の震えが止まらない。
自分が圧倒的な弱者で、搾取される側であることを本能的に自覚させられてしまう。
「私達の言うこと、疑わないんだ?」
「……こうして直に話をすれば、嫌でも理解できるからね」
「ふーん。あいつの話と違って、ちゃんと話がわかる王女様だね」
「あいつ?」
「おっと、失言。今の忘れて?」
おそらく、二人の雇い主なのだろう。
「……ユーバード家のこと?」
「うぇ!? なんでわかったの!?」
「ふふ、やっぱりそうなんだ」
「……もしかしてカマかけた!? うげー、後で怒られるかも」
「今のは、明らかにセラフィーの失敗だが……まあ、問題はないだろう。どうやらこの王女は、すでに犯人に当たりをつけているようだからな。今の失敗がなかったとしても、我らの雇い主にたどり着くのは時間の問題と見える」
「ほんと? よかった、よかった。じゃ、なにも問題ない、っていうことで」
ブリジットは困惑する。
なんだろう、この陽気さは?
二人が暁のツートップであることは、肌で感じているから間違いないだろう。
ただ、それにしては陽気すぎる。
暁といえば、最強の傭兵団として名が高い。
敵対するものは確実に殲滅して、任務を果たす。
情け容赦ない無慈悲な集団として恐れられているのだけど……
もしかしたら、いけるだろうか?
ブリジットは、ふと閃いて口を開く。
「ねえ……雇い主を変えることはできないかな?」




