91話 切り札は二人の王女
現時点で、容疑者の最有力候補はユーバード家だ。
ただ、ユーバード家の本邸を捜索しても、ブリジット王女は見つからないだろう。
誘拐した相手を本邸に隠すほど、相手もバカではないはず。
国のどこかにある隠れ家。
あるいは、街の外にある隠れ家。
どこかにブリジット王女は囚われているはず。
手がかりはゼロ。
探さなければいけない場所は広大。
普通に考えると不可能だ。
でも、シロ王女とパルフェ王女の二人の力があれば、問題は解決する。
「お兄ちゃん、私はなにをすればいいの?」
「以前、サンライズ王国に赴いた時、遠方の魔力反応を探知する装置を作りましたよね?」
「えっと……あ、うん。盗賊さんを見つけた時のものだよね?」
「あれを改良して、ブリジット王女の魔力反応を見つけることはできませんか?」
「んー……できる、かも? お姉様に限定すれば、探知範囲を広げることは……うん、大丈夫。ただ、探知範囲を広げると、逆に細かい位置の特定が難しくなっちゃうよ」
「そこで、パルフェ王女の出番です」
「ボクかい?」
話を振られるとは思っていなかったらしく、パルフェ王女が目を大きくして驚いた。
「パルフェ王女は、ハンターウルフの調教を進めていましたね?」
「そうだね。アルムも知っているだろうけど、それなりに成果は出て……あ、そういうことか」
さすが、パルフェ王女。
もう俺の言いたいことを理解した様子だ。
「ボクが調教するハンターウルフを使って、姉さんの詳細な場所を特定する、っていうわけだね?」
「その通りです」
「お兄ちゃん、サンライズ王国に赴いていた時、盗賊の場所を匂いで突き止めていなかった?」
「街の外ならできるかもしれませんが、街の中だと、色々なものがあるため難しいですね」
いくらなんても狩猟犬の真似には限界がある。
こういうことに関しては、本物に任せるべきだ。
「場所を突き止めた後は、私達、騎士団が……」
「いえ、それは待ってください。先に、自分が潜入して内部の状況を把握します。もちろん、ブリジット王女の居場所と安否も」
場所を突き止めたとしても、ブリジット王女が人質にとられていることに変わりない。
うまいこと立ち回らないと、逃げられてしまうか……
あるいは、最悪の事態になってしまうかもしれない。
それだけは絶対に避けないと。
「わかりました。では、偵察の方はアルム殿にお任せします。私達は、ブリジット王女の安全な確保された後、動きましょう。それと……包囲網を敷いて、敵の逃げ道を絶つ準備を進めておく、というのは問題ないでしょうか?」
「はい、それは大丈夫です。今回の敵は、一人たりとも逃しません……絶対に」
ついつい言葉に力が入る。
「……お兄ちゃん、ちょっと怖いかも」
「……ボクには頼もしく見えるけどね」
心配をかけるわけにはいかないと、笑顔に切り替える。
「基本的な作戦は、このようなところでしょうか。なにか質問はありますか?」
「はい!」
シロ王女が手を挙げる。
「質問というか、お願いなんだけど」
「なんですか?」
「お兄ちゃん、無理はしないでね?」
シロ王女はとても心配そうに言う。
「あかつき? っていう傭兵団が、もしかしたら敵が雇っているかもしれないんだよね? そんなのを相手にしたら、さすがのお兄ちゃんも大変だと思うから……」
「そうかな? ボクは、案外、叩きのめしてしまう気がするよ」
「それは……そうかも? でもでも!」
そういうことじゃないの、という感じで、シロ王女は言葉を続ける。
「今のお兄ちゃん、なんていうか、うーん……いつもと違う感じがするの。ちょっと怖いっていうか、ピリピリしているっていうか……余裕がない感じ?」
「それは……」
シロ王女の指摘に返す言葉をなくしてしまう。
その通りだった。
正直、今の俺は余裕がない。
ブリジット王女は大丈夫だろうか?
絶対に助けないといけない。
そして、ヒカリをあんな目に遭わせたヤツを許さない。
そんな色々な想いが渦を巻いていて、常に思考のいくらかが支配されていて。
正常な状態とはいえない。
そして、それが原因で遅れをとるかもしれない。
シロ王女は、しっかりとそのことを見抜いていた。
「ボクもシロに同意見かな? 今のアルムは、最初に会った頃とずいぶん違うように見えるかな。まあ……それは仕方ないと思うけどね」
「……パルフェ王女……」
「だから、さ」
パルフェ王女が、そっと俺の手を取る。
両手で包み込むように握る。
温かい。
「ボク達もできることは全力でする。なにがなんでも姉さんを助けるよ。だから、一人で抱え込もうとしないで」
「そうだよ!」
今度はシロ王女が抱きついてきた。
「シロ達もいるんだからね? 騎士も、あと……一応、パパも」
一応という扱いをしたら、まだゴルドフィア王が泣いてしまうかもですよ。
「色々考えちゃうのは仕方ないと思うの。でも、わーっていう辛い心を一人で受け止めようとしないで? シロ達にも支えさせて?」
「ボク達は、絶対に姉さんを助けたいと思っているけど、でも、そのためにアルムを失っていいなんて考えていないからね」
「全部、ぜーんぶ大事なの!」
「シロ王女……パルフェ王女……」
二人の優しさが嬉しい。
心に温かい火を灯してくれる。
それは、怒りに突き動かされていた俺をゆっくりと温めて。
いつも通りの俺に戻していく。
「ありがとうございます」
ブリジット王女は必ず助ける。
でも……
なにがなんでも、という考えは捨てよう。
俺も無事に帰らないと。




