9話 小さな綻び、しかし、それはやがて大きく
「あーもうっ!!! どういうことなのよ、これ!?」
皇女リシテアは怒りに任せてペンを折る。
執務机の上には書類の山。
どちらかというと小柄なリシテアが埋もれてしまうくらいの書類が積み重ねられていた。
その書類は各所からの報告だ。
今日はなにをした、こんな問題がある、改善してほしいという陳情……などなど。
帝国は巨大な国だ。
必然的に報告書も山のように膨れ上がる。
ただ、今まではこんなことにはならなかった。
もちろん報告書はあった。
しかし、リシテアの元に届くのは、この百分の一ほど。
10分もあれば執務を終えることができていた。
しかし、今はどれだけ書類を片付けても終わらない。
数時間かけてようやく半分を片付けたと思ったら、さらに倍の量が追加される。
終わりのない書類地獄だ。
「ちょっと、ドクト!!!」
「お呼びでしょうか?」
リシテアは怒りの形相で新しく専属になった執事を呼び出した。
「この書類、どういうこと!?」
「どういうこと、と問われましても……」
見ての通り、としか答えるだけだ。
他に解はない。
「こんな量の仕事、今まであたしのところに飛んできたこと、一度もないんですけど!? なんでいきなり、こんなに増えているのよ!?」
「それは、その……申しわけありません。私達も不思議に思っていて調査中なのですが、なかなか……」
リシテアも執事も知らない。
気づいていない。
今まで書類の数が極限まで抑えられていたのは、アルムがいたからだ。
アルムは専属の仕事だけではなくて、清掃や調理といった専門職が担当するような仕事もこなしていた。
いや。
押しつけられていた、と言うべきか。
アルムはそれらを完璧にこなしていた。
そして、関係各所の間を取り持ち、完璧なスケジュールを組み立てて、一切の無駄を排除していた。
リシテアに罵倒されて、他の者からもいいように利用されていたけれど、彼は完璧に仕事をこなしていた。
そんなアルムがいなくなればどうなるか?
仕事が増えるのは当たり前だ。
さらに、リシテアを含めて、ほぼ全ての関係者がサボり、アルムに仕事を押しつけていたツケが出ていた。
いつも大量の仕事を押しつけていたせいで自らのスキルが低下して、まともに仕事をこなせなくなっていたのだ。
当たり前にできるはずの仕事ができなくなり。
最低ラインの量もこなせなくなり。
やはり、仕事が増えてしまう。
アルムがいたからこそ正常に機能していた。
そのことに誰も気づいていない。
「あーもうっ……ドクト! あんた、この書類を整理して、要点をまとめなさい! 30分ね!」
「えぇ!? そ、そのような無茶を言われても……」
「なによ、それくらいできるでしょ?」
リシテアは不思議そうな顔で言う。
同じ作業をアルムは問題なくこなしていた。
あのグズのアルムにできていたのだ。
なら、他の者にできない道理はない。
……本気でそう思いこんでいた。
しかし、実際は彼以外には不可能だ。
同じ作業をするとなると、どれだけ優れた執事でも、最低でも3日はかかるだろう。
「こ、これだけの量の仕事を30分なんて、あまりにも無茶な話です……」
「そんなわけないでしょう? あのグズでさえできていたのよ?」
「し、しかし……」
「……あぁ、そういうこと。あたし、わかっちゃった。あんた、サボりたいわけね?」
「えっ!?」
「仕事をしたくないから、そんなつまらない言い訳をしているんだ? とことんふざけたヤツね……」
「ま、待ってください! 私は、決してそのようなことは……!」
「うっさい、黙れ!!!」
怒鳴られて、執事はビクリと震えた。
ヘビに睨まれたカエルのように動けなくなってしまう。
「あんなみたいなサボり魔いらないわ。クビよ」
「そ、そんな!?」
「クビって言ったらクビよ! さっさと消えて!」
「……申しわけありませんでした」
相手は皇女。
逆らうことはできず、執事はうなだれて部屋を出て行った。
「まったく……使えないヤツが多いわね。これじゃあ、まだあのグズアルムの方がマシじゃない。って、ないない。それはないか。あんなヤツ、マジでいらないし」
ため息一つ。
それから、舌打ちを一つ。
「お父様に言って、新しいのをよこしてもらわないと。今度はちゃんと使えるやつだといいんだけど……もうっ、本当にイラつくわね」
その後……
リシテアは次々と新しい専属をクビにすることになる。
その理由は、使えないから。
自分がどれだけ高い要求を突きつけているか気づくことはない。
アルムならできた。
その一点を基準にして、落胆して、クビを連発する。
そうして多くの人が皇城を去ることに。
人材が流れ、しかし、仕事はどんどん増えていく。
……破綻の時は近づいていた。
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