88話 悪意が育ち、敵意が発芽する
「視察の中止?」
数日後。
ブリジット王女の執務室を訪ねて、彼女にそう告げると、当たり前だけど怪訝そうな顔をされた。
「視察って、南にある村の視察だよね? 鉱石を採掘しているところの」
「はい。そちらの視察ですが、中止にしてください」
「問題が?」
「いいえ。そういうわけではありませんが……」
あれからヒカリと協力して。
さらに、他の騎士達にも協力してもらい、ユーバード家のことを徹底的に調べた。
監視の目もつけた。
結果、ほぼ間違いなくなにかを企んでいる、という結論に至る。
計画の詳細はまだ掴めていない。
悪事の証拠も見つかっていない。
ただ……
「このような状況で王都から離れることはとても危険です」
「アルム君がいるから……って、そっか。今回は一緒できないんだっけ」
「申しわけありません」
その日は先約がある。
シロ王女に頼まれて、彼女の研究に付き合うことになっていた。
日をずらせればいいのだけど……
なんでも月の満ち欠けが魔力に影響するらしく、その日を逃すと一ヶ月後になってしまうらしい。
「んー……理由はわかったけど、でも、視察は今更やめられないよ。鉱山の事故と病気が増えているみたいで、対策を練らないと。そのためにも、直接、現場を確かめたいんだよね」
「それは理解できるのですが、しかし、今はとても不穏な感じが……」
「いくらなんでも、ユーバード家が私に手を出すとは思えないけどね。公爵家だし、そんなことをしたら逮捕どころじゃ済まないし」
「一般的に考えると、確かにそうなのですが……」
でも、今回は胸騒ぎがした。
このままブリジット王女を行かせてはいけないと、直感がそう告げている。
「心配してくれるのは、すごく嬉しいよ。ありがとう、アルム君」
「いえ……」
「でも、これは王女としての私の務め。それを放棄することはできないかな。例え危険があったとしても、前に進む。どこまでも、ね」
「……わかりました」
ブリジット王女はこういう人だ。
今更、止めることはできない。
それに、こういう人だからこそ、主と定めることができたのだ。
「では、せめて護衛の数を増やしてください」
「うん、了解」
「それと、ヒカリを連れて行ってください」
「ヒカリちゃんを?」
「最近、護衛術も叩き込んでおいたので、きっと役に立つはずです」
「……妙に疲れているように見えたけど、そのせいだったんだね」
「普通の訓練をしているだけですよ」
基礎身体トレーニングを4時間。
護衛術を4時間。
戦術講義を2時間。
「……それ、普通じゃないからね? 絶対の絶対、普通じゃないからね?」
「しかし、俺は……」
「アルム君の普通は、色々な意味で普通じゃないから! まったくもう……あとでヒカリちゃんに甘いものでも差し入れしておかないと」
「むう……?」
なにが問題だったのだろう?
わからず、首を傾げる。
ヒカリも、
「ヤルッス、ジブン、ヤルッス」
と、やる気を出していたのだけど。
「それ、ものすごい問題だからね……?」
「?」
「ああもう。アルム君って、妙なところで常識がないというか、自分を基準にしているからおかしくなるというか……まあ、うん。とにかく、わかったよ。ヒカリちゃんも一緒に行くね」
「はい、そうしてください」
ヒカリの戦闘能力はとても高い。
最強の暗殺者と言われていただけあって、そこらの相手では束になっても敵わないだろう。
問題はないはずだ。
ないはずなのに……
しかし、胸騒ぎは収まらず、より大きくなっていた。
――――――――――
数日後。
「ふぅ」
村の視察を終えたブリジットは、馬車でのんびりしつつ、帰り道を辿る。
「ちょっと緊張したけど、なにもなかったね」
「はい。自分も安心しました」
ヒカリも馬車に乗っていた。
いざという時のため、ブリジットの一番近いところにいる必要があるからだ。
「無事に終わってなにより。アルム君も、あんなに心配しなくてよかったのに」
「仕方ないっす。それだけ、ブリジット王女のことが心配だったのかと」
「そうかな?」
「そうっす」
「その心配って……王女だからかな? それとも、私だから……かな?」
「すまないっす。自分そういう話はわからないっす……」
「ううん、気にしないで。話を聞いてくれただけでもありがたいよ」
「でも……アニキは、ブリジット王女のことは特別に思っているように見えるっす」
「ホント!?」
「勘のようなものっすが……」
「ううん、十分だよ。ありがとう」
「ふへへ」
なでなでされて、ヒカリはだらしのない笑みを浮かべた。
まるで犬である。
そんなヒカリを見て、ブリジットも優しい笑みを浮かべて……
ガァッ!!!
「な、なに!?」
突然襲ってきた衝撃に、笑みは一瞬で消えてしまうのだった。




