87話 敵も動いていく
「……」
リシテア・リングベルド・ベルグラードは、私室で鏡と向き合っていた。
鏡に映るのは、帝国の宝と言われている美しい顔だ。
皇女なので色々なケアを受けている。
ただ、それだけで彼女の美しさは完成しない。
元々、素材がいい。
その容姿に限るのなら、100年に一人の逸材だ。
男女問わず、誰もがリシテアに見惚れてしまう。
だからこそ、皇帝と皇妃は我が娘を自慢に思い、甘やかして……
そして、本人も増長する。
「……っ……」
リシテアは、そっと己の頬に手をやる。
自然と眉間に力が寄る。
ふつふつと煮えたぎるような感情が湧いてくる。
「あの女も、アルムも……絶対に許さないんだから」
――――――――――
フラウハイム王国、西部。
とある街にある、とある屋敷。
そこに、帝国の皇女であるリシテアの姿があった。
「ごきげんよう」
「よくぞ来てくれました、リシテア皇女。私は、あなたを歓迎いたしましょう」
リシテアを迎えるのは、メガネをかけた中年男性だ。
きらびやかな服を着ているものの、かなり痩せているため、服に着られている感じが隠せていない。
ただ、本人はそんなファッションスタイルを好んでいるらしい。
特に気にした様子はなく、堂々とした姿を見せている。
「あたしの呼びかけに応じてくれたこと、そこは褒めてあげる。でも、皇女をこっそりと王国内部に招いて、あなたは大丈夫なのかしら?」
「はは、心配無用です。私の協力者は多く、そして、王と王女の敵は多い。そういうことなのですよ」
「ま、いいけどね。なんかあったとしても、あたしは関係ないわ。破滅するにしても、あんた一人でお願い」
「そのようなことにはなりませんとも……リシテア皇女、あなたが協力していただければ」
「わかっているわ。そのために、わざわざ王国までやってきたんだもの」
リシテアが指を鳴らす。
それに反応して扉が開いて、二人の男女が姿を見せた。
一人は、細身ではあるが高身長の男だ。
ニメートル近い。
痩せてはいるものの、それは無駄な肉が一切ついていない故の事情だ。
あるのは最低限の肉。
それは限界まで引き締められている。
もう一人は、若い女性だ。
まだ二十歳に達していないだろう。
長く伸びた髪は適当にまとめられていて、リシテアとは正反対でケアというものを一切していない。
ただ、それはそれで野性的な魅力があり、彼女を引き立たせていた。
頬についた傷跡もその一つ。
犬のように鋭い犬歯も、それもまた彼女の魅力になっていた。
「挨拶をして」
「はじめまして。俺は、カイン・ナイツフィール。暁の団長だ」
「セラフィー・ナイツフィール。ここにいる親父の娘で、暁の副団長さ」
「これはこれは。あの有名な暁の団長と副団長と顔を合わせることができて、とても光栄に思います。申し遅れました。私は、フラウハイム王国、ユーバード公爵家のナカドと申します」
それぞれ挨拶を交わす。
言葉だけ見ると和やかではあるが……
しかし、ピリピリと張り付くような雰囲気が流れていて、一触即発という感じだ。
下手なことを口にすれば、それこそ物理的に首が飛ぶだろう。
ナカドは公爵家を束ねる者として、数々の修羅場を潜り抜けてきた。
目の前に剣を突きつけられても動揺しない自信がある。
しかし、カインとセラフィーは違う。
二人は猛獣のようなもので、話がまったく通じないような気がした。
次の瞬間、牙を突き立てられているかもれない。
(ふふ……まさか、この私が久しぶりに恐怖を覚えるなんて)
ナカドは鳥肌の立つ腕を撫でて……
それでいて、歓喜に震える。
これだけの人材を手に入れることができれば、野望に大きく近づく。
もしかしたら、このまま達成できるかもしれない。
……自分がフラウハイム王国の頂点に立つという野望を。
「本当に、彼らを……暁を貸していただけるのですか?」
「あたしは紹介しただけよ。契約するかどうか、それはあなた次第」
「なるほど」
ナカドは一つ頷いて、カインに視線を向ける。
「私としては、ぜひ、あなた達と契約をしたいのですが、いかがでしょう?」
「仕事の内容は?」
「契約前なので詳細を話すことはできませんが、そうですね……フラウハイム王国の改革、といったところでしょうか」
「なるほど」
「いいね、たくさん暴れられそうじゃん」
話を聞いていたセラフィーが犬歯をむき出しにして、凶暴な笑みを浮かべた。
「報酬は?」
「あなた達の言い値を、そのまま受け入れましょう」
「ふっかけるかもしれないぞ」
「あなた達のようなプロが、そのようなつまらない真似はしないでしょう。仮にしたとしても、それで暁を雇えるのなら安いものですよ」
「……いいだろう」
カインが手を差し出した。
「契約だ」
「ありがとうございます」
ナカドがその手を取る。
契約成立。
最強の傭兵団は、フラウハイム王国に反旗を翻そうとしている貴族の元についた。
「ふふ」
それを見て、リシテアは微笑む。
嬉しそうに。
とても嬉しそうに微笑む。
これで、この国は終わりだ。
暁を敵に回して、無事だったところはない。
仮に生き延びることができたとしても……
ブリジットは無理だろう。
彼女を第一の標的にするように言い含めている。
ちなみに、第ニの標的はアルムだ。
「あたしに逆らったこと、手をあげたこと……たっぷりと後悔させてあげる。ざまあみろ」




