84話 ピンチ
私……ブリジット・スタイン・フラウハイムは危機感を覚えていた。
最近、私の専属のアルム君が他の女の子と仲が良い。
シロちゃんとか、パルフェとか。
それと、城で働くメイドと笑顔でいるところを見た。
さらに、城下町に出た時、綺麗な女性が顔を赤くしているところを見た。
まあ、別に?
アルム君が誰と恋をしようと、そんなことはどうでもいいわけですよ。
はい。
私は、アルム君の上司のようなものだけど?
でも、彼を束縛するつもりなんてないし?
そもそも恋人というわけじゃないから?
アルム君に恋人ができたとしても、それはまったく、ぜんぜん、これっぽっちも私に関係ないわけですよ。
はい。
だから、まったく……
ぜーーーーーんぜん、気にしていないんだけど。
「それでも……ほら。アルム君は専属だけど、でも、色々と助けられているし、そのことを抜いても大事な友達みたいなものだから、やっぱりちゃんとした人じゃないと付き合うことはダメだよね、うん!」
というわけで。
今日一日、アルム君の尾行をすることにした。
彼がどんな女性と親しく、誰が本命なのか?
それを見極めようというのだ。
決してやましい気持ちはない。
焦りというわけでもない。
王女としての責務なのだ。
「まずは厨房に顔を出す」
アルム君の後をこっそりとつける。
ちなみに、アルム君なら私の尾行に気づいているだろう。
それでも、あえて声をかけないところを見ると、私の行動になにかしらの意味があると考えているのかもしれない。
「すみません。ブリジット王女の最近の料理についてなのですが……」
料理長と打ち合わせをしている。
私に提供される料理の内容について、の話みたいだ。
アルム君のことだ。
きっと、私好みの料理を提供するように、と言うに違いない。
その上で栄養にも気を配ってくれるようにと……
「ブリジット王女は、どうもピーマンが苦手みたいなので、むしろピーマンを増量する方向でお願いします」
「……」
「アレルギーでもない限り、苦手な料理は克服してもらわないと困りますからね。王女なのにピーマンが苦手とか、さすがに……ははっ、そうですね。子供ですね」
よし。
後でアルム君、おしおきだ。
続けて、アルム君は中庭に移動した。
そこで、庭師のトムおじいさんと話をする。
「大変もうしわけないのですが、もう少し刈り込んでもらえませんか? 少し視界が塞がれてしまっているので、いざという時に問題になる可能性が……いえ、気にしないでください。普通はわからないことなので」
うん。
戦闘時の視界確保なんて、普通はわからないことだよね。
なんで、執事のアルム君はそんなことを理解しているのかな?
「ありがとうございます。では、自分はこれで……えっ、手紙?」
む。
「はぁ、孫娘からの……えっと、よくわかりませんが、後で読んで返事を書いておきますね」
トムおじいさんの孫娘……ね。
チェック、チェック。
続けて、アルム君はメイドの休憩室に立ち寄る。
どうやらドーナツの差し入れみたいだ。
「わー、ありがとうございます! ちょうど甘いものが食べたかったんですよー」
「しかもこれ、並ばないと買えないやつですよね?」
「私達のために、すごく嬉しいです!」
「いえ。みなさん、いつも忙しく務めていらっしゃるので……その気持ちに少しでも応えられれば、と」
むう。
むううううう。
アルム君。
そういうさりげない気づかいは、わりとキュンってくるんだよ?
この人いいなあ、って意識しちゃうんだよ?
勘違いしちゃう子、出てくるからね。
ほら。
そこのポニーテールのメイド、ちょっと熱っぽい視線をしているから。
――――――――――
……そんな感じで。
今日一日、アルム君を観察してみたのだけど……
ものすごい慕われていた。
行く先々で笑顔で迎えられて、親しく話をして。
女性に限らず。
男女問わず、好かれていた。
「うーん」
気がつけば、最初に感じていたモヤモヤは消えていた。
アルム君は人気者。
なら、それでいいじゃないか。
それが誇らしい。
「でも……」
今日、接した中で、アルム君が気になっている人はいるのかな?
もしかしたら、付き合っている人がいるのかな?
いや、まあ。
私には関係ない話なんだけどね?
ぜんぜん気にすることじゃないんだけどね?
うん。
気にしてない、気にしてない。
「でもでも……あーうー」
ついつい頭を抱えてしまう。
私は、なんでこんなに悩んでいるのだろう?
「ブリジット王女」
「あ、アルム君!?」
扉がノックされて、声が裏返ってしまう。
「ど、どうぞ」
「失礼します……なにやら顔が赤いですが、どうかしましたか?」
「う、ううん! なにも!」
「そうですか? えっと……なら、こちらをどうぞ」
「これは……クッキー?」
アルム君は綺麗に焼かれたクッキーを差し出してきた。
焼き立てらしく、まだちょっと温かい。
「ブリジット王女に食べてもらいたいと思い、色々な人に助力を願いました」
「……それって、今日の」
「どうかしましたか?」
「ううん、なんでもない。いただきまーす!」
モヤモヤは完全に消えた。
それだけじゃなくて、ふわふわと浮いてしまうような幸せな気持ちになる。
……ちなみに、クッキーはサクサクで甘くて、とてもおいしかった。




