83話 むんにゃら~
「むんにゃら~」
フラウハイム王国、第三王女シロ・スタイン・フラウハイム。
彼女は自分の部屋で、奇妙な声をあげつつ、机に突っ伏していた。
侍女に見つかればたしなめられてしまいそうだけど、今は一人。
故に、なにをしても構わない。
「うーん……いいアイディアが降りてこない……」
シロは悩んでいた。
軽いスランプだった。
今は街灯の開発を行っていた。
街灯はすでにある。
しかし、一つ一つ、人力で火を灯さなければいけない。
それでは面倒だ。
魔物を討伐することで手に入れられる魔石を燃料として、夜になると自動的に光るようにする。
そんな街灯を設計していた。
街灯を点ける人の仕事がなくなるのでは? という懸念を指摘されていたが……
その人達は、そのまま新しい街灯を点検する仕事にスライドさせればいい、と完璧な答えを提示していた。
シロは、単に開発が好きなだけではなくて、アフターケアも万全であった。
「むんにゃら~」
再び謎の奇声をあげつつ、悩む。
基本的な設計はできた。
しかし、サイズが大きい。
いくらかコンパクトにしたいものの、そのための方法に悩んでいる。
そんな時、扉をノックする音が響いた。
「はーい?」
「失礼します。アルムですが、今、少しよろしいでしょうか?」
「お兄ちゃん!? うん、どうぞどうぞ!」
シロの顔がぱあっと明るくなった。
大好きな人がやってきのだ。
恋する乙女としては嬉しい限り。
「失礼します。シロ王女宛に届け物が来ているのですが……」
「えっと……あっ、コアの試作品ができたんだ! ふんふーん、どんな感じかなー?」
「コアの試作品、というのは?」
「新しい街灯の動力源。従来品よりコンパクトで、十倍くらい長持ちするんだよ」
「それはすごいですね」
「えへん」
シロはドヤ顔を決めた。
好きな人に褒められると、とびきり嬉しい。
ニヤニヤが止まらない。
ただ、新しい街灯の設計がうまくいっていないことを思い出して、ため息をこぼす。
「おつかれですか?」
「うん、ちょっと……」
「それは……新しい街灯の設計図ですか?」
「まだ完成していないよ。あとちょっとなんだけど、でも、そのちょっとが難しくて……むんにゃら~」
シロは頭を抱えた。
彼女は天才だ。
フラウハイム王国の歴史上、一番の天才と言っても過言ではない。
そんなシロでも悩む時はある。
迷い、どうすればいいかわからない時もある。
「ふむ」
アルムが脇から設計図を覗き込んだ。
考えるような仕草をした後、設計図の一部を指差す。
「全体的にコンパクトにしたいのですか?」
「うん、そうだよ。でも、なんかこう、いいアイディアが……」
「でしたら、まずはここの支柱を中心に改良するのはどうでしょうか?」
「支柱を?」
「支柱を始めとして、こことここ、それからここに改良を加えてみるのはいかがでしょう?」
「んー……あっ!?」
シロは設計図を睨むように見て、それから大きな声を出した。
アルムの言う通りにしたら、作業が大きく進むだろう。
多少の変更、調整は必要だが、些細な問題だ。
あれほど悩んでいたのが嘘のようにアイディアが湧いてくる。
「お、おおおぉ……」
「どうでしょうか? お役に立てたのなら幸いですが……」
「すごいよ、お兄ちゃん!!!」
シロは瞳をキラキラと輝かせて、アルムにぐぐっと迫る。
「シロがあんなに考えても思いつかなかったのに、少し見ただけでこんな答えを出しちゃうなんて!」
「いえ。すでに、設計図のほとんどができあがっていましたから。俺はただ、少し口を出しただけです」
「そんなことはないと思うけど……でも、お兄ちゃん、こういう設計図も詳しいの?」
「執事の嗜みなので」
そんな嗜み聞いたことない。
絶対違う。
……なんてことを思うシロだけど、深く考えるのはやめた。
相手はアルムだ。
常識で図ろうとしたら、こちらが混乱してしまう。
「お兄ちゃん、ありがと♪」
「いえ。お役に立てたのならなによりです」
「えへへー……ちゅっ」
「!?」
シロはさらに顔を近づけて、湧き上がる想いのままにアルムの頬にキスをして……
「シロちゃーん、ちょっと聞きたいことが……あっ」
神様のいたずらか。
絶妙なタイミングでブリジットがやってきて……
……その後、どうなったのか?
それは秘密である。




