82話 より最悪の方向へ
「これは……」
ブリジットと話をして。
そのついでに、各地で色々な仕込みをして。
それから帝国に戻ると、ライラは自分の目を疑う。
リシテアの暴走が酷いとはいえ、帝国……皇都はまだ活気に満ちていた。
中央通りはたくさんの人が行き来して、笑顔を浮かべている。
それが皇都の姿だった……はずだ。
しかし、今はどうだろう?
人々の数は激減して、ずらりと立ち並んでいた店舗の半分が閉店している。
通りを行き交う人々からは笑顔が消えて、誰も彼も疲れたような顔をしていた。
それだけではない。
行き倒れと思われる人がちらほらを見えた。
路地裏を覗いてみると、その数は倍増する。
「どういうこと? これじゃあ、まるで……」
滅びる直前の国みたいではないか。
ライラは帝国の貴族だ。
リシテアを始めとした皇族に対する印象は最悪ではあるが、帝国が憎いわけではない。
生まれ育った国だ。
豊かに、穏やかな時間を過ごせたら、と願っている。
願っているのに……
「なんていうこと……!」
ライラは怒りで叫びそうになった。
原因は明らか。
リシテアと皇帝と皇妃にある。
彼女達の愚かな政策によって、ついに民達に影響が及ぶようになったのだ。
「ライラ様」
物陰から彼女を呼ぶ声が響く。
視線を向けると、同じ夢を持つ同志の姿があった。
近くの壁に寄りかかり、そうとは見えないように話をする。
「……この状況は?」
「皇女の発案で軍備がさらに増強されているらしく、それに伴い税が……」
「リシテアは帝国の現状を理解していないの?」
「理解はしていると思います。ただ、王国を落として得た資金、資源で立て直せばいい……」
「そこまでバカだったなんて……!」
王国を落とせるかどうか、確実な話ではない。
そんな『かもしれない』の話を前提に国を動かすなど、愚かと言うしかない。
そもそも、帝国と王国は不戦条約が結ばれている。
それを破り戦争をしかけたとなれば、どこからどう見ても侵略国家だ。
他の国も敵に回す可能性がある。
「フラウハイム王国はいかがでした?」
「王女の協力を取り付けたわ。あの国が味方になったと言って大丈夫」
「それはなによりです」
「連動して、たぶん、サンライズ王国も動いてくれると思うわ。この二つは確実ね。その他の国は……なんとも言えないわね」
「協力をいただけるか、非常に難しいところですね。ただ、帝国の味方をすることはなく、最悪、静観を貫くかと」
「それだけでもよし、と考えるしかないわね」
ライラはため息をこぼす。
帝国の現状は思っていた以上に酷い。
以前はどうにかこうにかごまかすことができていたが、それも限界だ。
民の不満は相当に溜まっているだろう。
民の不満が増せば、それは自分達の力に直結する可能性が高い。
決起の時、貴重な戦力になってくれるだろう。
「それは嬉しいんだけど……ね」
ライラの心中は複雑だ。
帝国を変えたい。
しかし、荒廃しつつある帝国なんてものは見たくない。
「こういうのをジレンマっていうんでしょうね」
「は?」
「いえ、なんでもないわ」
部下の前で弱気なところは見せられない。
迷いも見せられない。
帝国のために立ち上がると決めた。
どこまでも前に突き進んで、絶対に目的を成し遂げると決めた。
だから……
「……私は幸せな最期を迎えられないでしょうね」
ライラは苦笑しつつ、改めて決意する。
帝国を本当の笑顔であふれる国にしてみせる……と。




