73話 素直で誠実であること
「さて……じゃあ、本題に入りましょうか」
食事を終えて。
紅茶を飲みつつ、ライラは話を切り出した。
「私は、私の目的を達成したい。それは、とてもとても大きなこと。成し遂げることは限りなく難しく、また、失敗したら命はないでしょうね」
目的と言葉を変えることで、ライラは詳細を語らない。
ブリジット王女が用意した場所であっても、そうそう簡単に口にできないことだから、それは仕方ない。
彼女もまた、最大限に警戒をしているのだろう。
「私個人で成し遂げることは難しいわ。だから、協力してもらえるのなら大歓迎」
「それじゃあ……」
「でも」
ブリジット王女の問いかけを遮り、ライラはさらに続ける。
「事が大きいからこそ、信頼を寄せることは難しいわ」
「……」
「もしかしたらスパイかもしれない。もしかしたら裏切られるかもしれない。あるいは、その気がなかったとしても、協力相手が無能故に情報が漏れて……なんてことも考えられるわ」
失礼な言葉ではあるが……
しかし、その全てを否定することはできない。
たぶん、ライラは今までに似たような経験を。
あるいは、そんな末路を辿った者を見てきたのだろう。
だからこそ、ストレートな言葉をぶつけて、着飾ることはない。
ここでブリジット王女が怒るのならば、それまで。
協力関係を築くことはできない。
「私がスパイということはありえないね。それは、私の立場を考えてくれればわかること」
「そうね。でも、他の点については?」
「裏切らないか、っていう点については、うーん……信じてもらうしかないかな?」
「出会ったばかりのあなたを信じろと?」
「うん、そう。私達は出会ったばかり。でも……」
ブリジット王女がこちらを見る。
「聞けば、アルム君とライラさんは古い知り合いみたいだよね。アルム君のことは信じられる?」
「信じられるわ」
「なら、そのアルム君が信じる私のことも信じて」
「……」
ブリジット王女の答えが予想外だったらしく、ライラは目を大きくして驚いた。
「それと、最後の情報が漏れる、っていうところ。これも大丈夫。私は、まあ、大した能力は持っていないよ? とほほ、自分で言ってて悲しくなってきた……でも、アルム君がいるからね。あと、ヒカリちゃん……えっと、シャドウがいるよ」
「え? シャドウって……あのシャドウ?」
「うん。今は、ヒカリちゃん、っていう可愛い名前になったけどね」
「……」
再びライラは驚いた。
「私は大した能力は持っていない。私だけなら、もしかしたら情報が漏れるかもしれない。でも、とても優秀な執事と友達がいるの。だから、大丈夫」
「……ふふ。そう言われたら、アルムを知る私としては、反論のしようがないわね」
「わかってくれた?」
「もちろん。彼の規格外の能力は、嫌というほどこの身で体験したもの」
「驚くよね、あれ」
「ほんと、それ」
「……」
「……」
「「んっ」」
二人は、同志を見つけたかのような感じで微笑み、握手をした。
おかしい。
なぜか、俺がだしに使われているような気がする。
言うほど、俺はおかしいだろうか?
執事として、高いところに位置しているという自負はあるものの……
それだけだ。
他に特に優れているところはないと思うのだが。
「アルム君の執事としての能力は、確かに高いけどね」
俺の表情を見て考えていることを察したらしく、ブリジット王女が言う。
「普通は執事がやらないようなことも、執事の仕事だから、って言い張っているんだよ」
「それで、とんでもない成果を叩き出しているのよ?」
「普通の執事は、盗賊を相手に一人で全滅させたりしないからね?」
いやいや。
ごみ掃除は執事の仕事でしょうに。
「情報処理能力もすさまじいわよね。一人で十人分以上の働きをするわ」
いやいや。
それくらいできて当然と、両親は口を揃えて言っていたから。
「むう」
おかしいな。
俺の反論は、ことごとく封殺されて。
二人の耳に届かない。
俺は、執事としておかしいのだろうか?
「……」
まあ、いいか。
おかしくても。
おかしくなくても。
俺がやるべきことは変わらない。
主であるブリジット王女のために、これまでもこれからも尽くすだけだ。
「とりあえず、私は協力関係を結ぶに値する、ってことでいいかな?」
「ええ、もちろん」
二人は改めて握手をした。
「ちなみに、サンライズ王国のジーク王子とネネカ王女だけど……」
「問題ないわ。サンライズ王国も味方になってくれるのなら、大歓迎よ」
「よし」
ブリジット王女は、小さくガッツポーズ。
王女がすべきことではないのだけど……
まあ、今はいいか。
ライラと協力関係を結ぶことができたのだから。
「えへへ……やったよ、アルム君。ぶいっ!」
ブリジット王女は子供のように笑いつつ、こちらに向けてブイサインを決めた。




