72話 交渉
数日後。
お忍びバージョンのブリジット王女と一緒に、俺はとある食堂を訪れていた。
情報収集に欠かせず、以前、ちょっとした事件で関わりを持った食堂だ。
三人掛けの丸いテーブル。
俺とブリジット王女。
そしてもう一人は……
「ふふ。連絡をくれて嬉しいわ」
ライラ・アルフィネス・ベルグラード。
帝国の上層部に位置する彼女は、紅茶を飲みつつ微笑んだ。
サンライズ王国と協力して、帝国を内部から切り崩す選択をした。
ただ、そのために必須なのはライラの協力だ。
事前に話はしていたものの、ブリジット王女や王が信頼できなければ、全ての話はゼロになる。
なので、まずはライラをブリジット王女と引き合わせることにした。
「はじめまして。私は、ライラ・アルフィネス・ベルグラードと申しますわ。一応というほどの薄いものですが、現皇帝の遠縁になります」
「ブリジット・スタイン・フラウハイムです。よろしくお願いします」
二人は小さな笑みを浮かべつつ、テーブルの上で握手を交わす。
ただ、友好的な雰囲気というわけではない。
ブリジット王女だけではなくて、ライラも相手を見定めているようだ。
ブリジット王女が求めている存在でなければ、協力関係を結ぶことはない。
むしろ、皇帝やリシテアを喜ばせるための餌にする。
たぶん、そんなことを考えているのだろう。
ライラは、帝国では珍しくまともな感性の持ち主ではあるが……
目的のためには手段を選ばないところがある。
話が決裂しなければいいのだが。
「じゃあ、まずは……」
ライラは微笑みつつ、予想外のことを言う。
「この店のオススメ、教えてくれません?」
「うーん、そうですね……どれも美味しいので悩みどころですね。好きなものはありますか?」
「海鮮かしら」
「なら、エビフライがオススメですね。大きなエビを三尾使っていて、しかも、タルタルソースが絶品なんですよ。卵の味が強くて、でも、レモンの酸味も効いていて……もちろん、エビもぷりぷりで美味しいですよ?」
「じゃあ、エビフライにしますわ」
「私は、んー……ハンバーグセットにしようかな? アルム君は?」
「え? あ、はい。えっと……親子丼で」
なんで、いきなり食べ物の話をしているのだろう?
不思議に思いつつ、とりあえず注文をした。
ほどなくして料理が運ばれてきて、各自、食事を始める。
「あら」
ライラの顔が輝いた。
サクサクの衣。
その奥に隠されている、甘く旨味が強く、ほどよい食感のエビ。
それをタルタルソースがうまく包み込んでいて……
どうやら気に入ったらしい。
ライラは子供のように、ぱくぱくとエビフライを食べた。
ブリジット王女も笑顔でハンバーグを食べている。
「これ、美味しいですわね」
「うちの自慢ですよ。王国の反対側は海に面している地域があるので、新鮮な海鮮がとれるんですよ」
「素晴らしいですわ。うちは全て陸地なので、その辺りは残念です」
「あ、もしよかったら、もっと気楽な口調でどうぞ」
「ブリジット王女も、ぜひ」
「うん、よろしくね」
「ええ、よろしく」
えっと……
ただの会食になっているな。
でも、とても友好的な雰囲気を築くことができている。
どうしてだろう?
「ふふ。アルムは、私がどうして友好的に接しているか疑問みたいね」
ライラがいたずらっぽく笑う。
「それは……そうですね、はい」
「あら、素直ね」
「わからないことをわかると言うことの方が愚かなので」
「あなたのそういうところ、好きよ」
「むっ」
ブリジット王女が反応しないでください。
「ひとまずだけど、私が友好的に接しているのは、この料理よ」
「料理が?」
「豊かな国は、民が豊かな暮らしをしている。こんなに美味しいものを簡単に食べることができる。それは、それだけフラウハイム王国が栄えていることを示しているわ。これが帝国なら、こんなことは絶対にありえない」
「……」
帝国は、一見豊かな国に見えるが、それはごく一部の特権階級の者だけだ。
その下……
普通の民達は使い潰されることが多い。
それを知っているからこそ、ライラの言葉にいくらか納得できるものがあった。
「帝国を変えたい。でも、それだけじゃなくて、フラウハイム王国とは良い関係を築いていきたい。そんな感情の表れ、かしら?」
「そう言ってもらえると光栄かな。その想いを本気にさせるように、がんばらないと」
なるほど。
今はまだ、仮の感情。
次に本格的な話をして、本気で組むに値するか確かめる、ということか。
ここからが本当の会談になるのだろう。
ライラ、再登場です!




