7話 優しい人々
「時間ができたから、一緒に街の様子を見に行こうか」
と言われ、ブリジット王女と一緒に街へ出た。
王族による街の視察。
そのサポート……非常に重要な任務だ。
街にどんな危険が潜んでいるかわからない。
馬車の暴走に巻き込まれる事故があるかもしれないし、人混みではぐれてそのまま行方不明に……なんてこともあるかもしれない。
反体制派が情報を嗅ぎつけて、ブリジット王女に危害を加えようとするかもしれない。
可能性を考えるとキリがない。
しかし、それは現実に起こりえることなのだ。
現に帝国にいた頃は、リシテアが街に出ると必ず事件が起きていた。
今回の視察はお忍び。
故に、護衛は俺一人。
俺の力量にブリジット王女の命がかかっていると言っても過言ではない。
全力で、粉骨砕身の覚悟で任務に挑もう。
そう身構えていたのだけど……
――――――――――
「やっほー、おばちゃん。調子はどう?」
「あら、王女様。こんにちは。とてもいい感じですよ」
「ほうほう、確かにたくさんお客さんが来ているみたいだね。ま、当然か。おばちゃんの作るクレープは美味しいからねー!」
「せっかくなので食べていきますか? もちろん、お代はいりませんよ」
「えー、それは悪いよ。ちゃんとお金は払うからね? でも、どうしてもっていうなら、ちょっとサービスして♪ クリームたっぷりでお願い♪」
「はいよ、いつもの通りクリームたっぷりだね」
「わーい♪」
……おかしいな。
ブリジット王女は、ものすごく親しげに民と話していた。
それは、クレープの露店を開く女性だけじゃない。
「あっ、王女様だー!」
「ねえねえ、王女様。一緒にあそぼー?」
「うーん、ごめんね。今はお仕事中なんだ。代わりに、今度いっぱい遊ぼう!」
子供達と笑顔を交わして、
「王女様、この前はありがとうございます」
「あ、おばあちゃん! 腰は大丈夫だった? もう痛くない?」
「はい、おかげさまで……しかし、王女様に背負ってもらうなど」
「いいの、いいの。困った時はお互い様だよ」
老婆に感謝されて、
「王女様、これ、ウチの畑で取れた野菜です。よかったらどうぞ」
「城の庭、そろそろ手を入れた方がいいんじゃないですかね? 庭師さんが忙しいなら、俺が手伝いますよ」
「国が進めている治水工事ですけど、今度、俺達も手伝いにいきますね。あ、金はいらないですよ。一緒に働けるのなら、それだけで光栄です」
そして、たくさんの人に慕われていた。
誰も彼も笑顔を浮かべている。
心の底からブリジット王女を慕っていることがわかる。
おかしいな……
リシテアが視察に出た時は、刺すような視線と殺意しか飛んでこなかったのだけど……うーん?
「どうしたの、アルム君?」
困惑する俺に気づいたらしく、ブリジット王女がこちらの顔を覗き込んできた。
「いえ、その……ブリジット王女は民に慕われているんですね」
「そうかな? 仲は良いと思うけど、慕われているかどうか、うーん」
「慕われていますよ。リシテア……帝国の皇女とは大違いです」
「ちなみに、帝国の皇女さんはどんな感じ?」
「街に視察に行くと、ほぼ毎回、暗殺されかけていましたね」
「それはそれですごいね」
「だから、それが普通だと思っていました」
「そうなんだ……じゃあ私は、アルム君に新しい世界を見せることができたのかな? だとしたら嬉しいな♪」
ブリジット王女はにっこりと笑う。
その笑顔は直視できないほどに眩しい。
この人はこんなにも輝いている。
だから、たくさんの人に慕われているのだろう。
「ところで、そちらの方は?」
露店を営む女性が不思議そうにこちらを見た。
「じゃじゃーん、この人はアルム君! なんでもできる、私専属の万能無敵執事だよ!」
「へえ、ついに王女様にも専属が……ふむふむ」
「えっと……」
「うん! いい顔してますね。がんばってくださいね、応援していますよ」
「あ、ありがとう……」
こんな明るい笑顔を民から向けられるなんて、いつ以来だろう?
もう覚えていない……帝国にいた頃はいつも睨まれてばかりだった。
「おにーちゃん、王女様の恋人?」
「ねえねえ、今度、一緒に遊んで? おにーちゃんも一緒に遊ぼう?」
「あらあら、とても素敵な専属さんね。これなら王女様も安心できるわ、きっと」
「王女様の専属ってことは、俺達の先輩のようなものだな。よろしくな、兄ちゃん!」
「なにかあったら頼りにさせてもらいますよ、ふふ」
次々に声をかけられて、次々に笑顔を向けられた。
この人達は、顔を合わせたばかりの俺のことを信頼してくれている。
俺がブリジット王女の専属ということは、ある程度、関係しているだろう。
でも、それだけじゃない。
この人達が俺に笑顔を向けているのは、心が優しいから。
心に花が咲いて、太陽が輝いているからだ。
「……まだまだ未熟者ではありますが、精一杯、己の職務を果たしたいと思います。これからよろしくお願い致します」
そう言って、深く頭を下げた。
ブリジット王女のためだけじゃなくて……
この優しい人達のためにもがんばろうと、そう思うことができた。
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