62話 犬みたい
急ピッチで準備が進められて……
3時間後に騎士団が出陣することになった。
当然、俺もメンバーに含まれている。
ブリジット王女とシロ王女も同行したいと言っていたけど、さすがにそれはダメだ。
二人は城で待機。
ただ、ジーク王子は同行することになった。
王族が前線に出るなんて、本来ならありえないのだけど……
今回は事情が異なる。
漆黒の牙を討伐できないことで民の間で不安が広がり、同時に騎士団に対する不信も増えてきていた。
それを払拭するために、あえてジーク王子は同行することにしたのだろう。
同時に、これは絶対に負けられない戦いだと、騎士達を鼓舞するためでもあるはずだ。
なかなかの切れ者である。
「全軍、停止!」
山まであと30分ほどのところで、ジーク王子の合図で騎士団が動きを止めた。
北の山はサンライズ王国よりも広く、無策で突入しても漆黒の牙を取り逃がしてしまう可能性の方が高い。
なにかしら策が必要だ。
そして、それは俺の担当だ。
「それじゃあ、お願いするよ」
「かしこまりました」
すでに策は伝えている。
ただ、ジーク王子は半信半疑らしく、ちょっと不安そうな顔をしていた。
それでも俺の策を実行しようと思ってくれたのは、ブリジット王女のおかげだ。
ブリジット王女は俺に全幅の信頼を寄せてくれていて……
そんな彼女を見たジーク王子は、ならば信じてみよう、となったのだ。
「では、少しお待ちください」
そう言い残して、俺は一人、山へ向かう。
移動音が目立つため、途中で馬は降りた。
同じくらいの速度で走ることができるので大きな問題はない。
この際、疲労は気にしない。
「……」
山に到着して周囲の様子を窺う。
「敵はいない……まあ、入ってすぐのところにいるわけがないか」
おそらくは山の中腹辺りを仮の拠点としているはずだ。
そこなら攻めるにしても逃げるにしても、一番都合がいい。
「すん」
鼻を鳴らして匂いを嗅いだ。
「……見つけた」
風にのって、わずかに漆黒の牙らしき匂いが流れてきた。
連中は盗賊らしく、略奪を繰り返している。
当然、その手は血にまみれていて……
その嫌な匂いがハッキリと届いてきた。
「右手の方だな」
さらに詳細な場所を特定するために、俺は前に進む。
場所を特定した後は、魔法でジーク王子達へ合図を送る。
援軍がやってくるまでの間、俺が盗賊団を足止めする。
相手は相当な数のため、さすがに全てを捕えることは難しい。
向かってくるのなら返り討ちにできる自信はあるが、逃げに徹しられたら厳しい。
だから、後からジーク王子達が包囲網を敷いて、全て捕える。
そんな作戦だ。
「さて、ゴミ掃除といくか」
――――――――――
アルムが一人で山に突入して、30分ほどが経った。
ジークと騎士達は吉報が届くのをじっと待ち……
「来た!」
炎の魔法が空に打ち上げられた。
漆黒の牙を発見、というアルムからの合図だ。
「各員、事前の打ち合わせの通りに包囲網を形成しろ! 十人は僕についてこい!」
「「「はっ!」」」
ジーク達は迅速な行動を開始した。
包囲網を敷く者と漆黒の牙を討伐する者に分かれ、それぞれ馬を走らせていく。
「……あの執事はすごいな」
馬を走らせつつ、ジークは感心する。
たった一人で敵陣に乗り込む度胸。
そして、しっかりと作戦を成し遂げる実力。
その能力は、なにもかも飛び抜けていた。
「執事にしておくのは惜しいね。サンライズの騎士になってもらいたいな。いや、ただの騎士じゃなくて、一部隊を預けたい。彼ならばきっと……おっと。先のことは後で考えよう。今は、やるべきことをやらないと」
漆黒の牙の殲滅が最優先だ。
それを無事成し遂げた後は……
アルムを勧誘してみよう。
そんなことを思いつつ、ジークは山へ向かう。




