59話 漆黒の牙
「ふむ。この内容ならうまくいくかもしれないね。ネネカ姉さんはどう思う?」
「いいんじゃないでしょうか? 新しい交易を開くことで、サンライズもフラウハイムもどちらも利益が出ますからね。そうやって国を強化することは、帝国に対抗するための一歩になりますよ」
「では、もう少し話をつめましょう。こちらから持ちかけておいてなんですが、まだまだ細部は整っていませんからね」
「あ、えっと……お互いに納得できるところを探すのがいいと思うの……思います!」
翌日も会談が続いていた。
二つの王国の貿易に関する話だ。
今まで以上に交易品を増やして、互いの国を豊かにする。
そうすることで国の強度を増して帝国に対抗する……という話だ。
会談は順調に進んでいた。
シロ王女はぎこちないものの、ブリジット王女の助けを得ることなく、自分で積極的に発言をしている。
良い傾向だ。
主達の成長が自分のことのように嬉しい。
そうやって心の中で笑みを浮かべていると、
「し、失礼しますっ!」
扉が勢いよく開かれて、慌てた様子の兵士が駆け込んできた。
「何事だ、騒々しい!」
会談に同席しているサンライズ王国の宰相……アニ・ジェイムス様が兵士の失態を咎める。
ただ、兵士はそれを覚悟した上の行動らしく、怯むことなく答えた。
「申しわけありません! しかし、急ぎ耳に入れなければいけないことが……」
「何事だ、申してみよ」
「クリームミルトが……壊滅いたしました」
「「「なっ!?」」」
兵士の報告にアニ宰相だけではなくて、ジーク王子とネネカ王女も驚きの声をあげた。
「失礼します。クリームミルトというのは……?」
「……我が国の西にある村です。これといった産業などはありませんが、とても穏やかな地なので、観光地として栄えていたのですが……」
ネネカ王女がとても苦い顔をした。
それはそうだろう。
自国の村が壊滅したと聞かされて平静でいられるわけがない。
「それは確かな話なのかい?」
「はい、残念ながら……」
「原因は?」
「漆黒の牙という盗賊団の仕業です」
「あれ?」という感じで、ブリジット王女がこちらを見た。
俺もたぶん、似たような感じで不思議そうな顔をしていると思う。
「あの悪名高い盗賊団か……連中にクリームミルトが襲われたと?」
「はい。生き残りの証言によると、襲撃者は漆黒の牙の証である獣の紋章を身に着けていたと」
「あんな紋章を真似するバカはいない、か……わかったよ。漆黒の牙は?」
「……酷い略奪をした後、どこかに姿を消したようです。今は生存者の救出に全力をあげるべきだということで、騎士団はその方向で動いており、追撃は……」
「うん、それでいいよ。まずは、救出とアフターケアに全力を尽くすように。漆黒の牙の討伐はその後でいい」
「ブリジット王女、シロ王女、すみません……非常に失礼な話なのですが、一時、会談は停止させていただけないでしょうか?」
「ええ、それはもちろん。あと、私達にできることがあれば、なんでも言ってください」
「お心遣い、感謝いたします」
ジーク王子とネネカ王女。
それとアニ宰相は慌ただしく部屋を出ていった。
俺達は別の兵士に案内されて客間に戻る。
「アルム君……確かに、漆黒の牙って言っていたよね?」
「そうですね」
「んー? でもでも、漆黒の牙ってお兄ちゃんが壊滅させたんだよね? 騎士達がみんな誇らしげにそう語っていたよ。ペン一つで倒したとか、ちょっとありえない噂が出回るくらいに」
「シロちゃん、それ本当よ」
「えっ」
シロ王女がありえない、という感じで固まる。
「シロちゃんの言う通りのはずなんだけど……」
「正確に言うと、壊滅はさせていませんね」
頭らしき男は掃除した。
ただ、他のいくらかは逃げられている。
「生き残った団員が跡を継いで、盗賊団を復活させた。そう考えることはできますが……」
「なにか引っかかることがあるの?」
「村一つを壊滅させるほどの勢力に返り咲くなんてこと、果たして可能なのでしょうか?」
ブリジット王女を襲った漆黒の牙を叩いた時。
頭を潰して、その他、幹部らしき連中もまとめて叩いたはずだ。
残ったのは雑魚ばかり。
そんな連中が残ったとしても、巨大組織に成長することは難しい。
時間をかければあるいは……
でも、さほど時間が経っていない。
「お姉様、どういうこと?」
「シロちゃんと遊ぶゲームと一緒。私はちょくちょくシロちゃんに圧勝されるでしょ?」
「お姉様……そこ、自慢そうに言うところじゃないよ?」
「妹が賢くて素敵、っていうことを話しているから自慢するところなの」
「えへへ」
「って、話が逸れた。私がボロ負けした時、そこから逆転することは無理でしょ?」
「うん、無理」
「それと似たようなこと。漆黒の牙はアルム君にボロ負けして、ものすごーく痛い思いをした。それなのに、その傷がなかったようにケロッとしてて、前よりも強くなっている」
「おかしいね」
「そう、おかしいの。だから、アルム君はなにか仕掛けがあるんじゃないかって……そう考えているんだよね?」
「はい、その通りです」
ブリジット王女は、相変わらず頭の回転が早い。
俺の考えていることをすぐ察してくれた。
「自力で盗賊団を再生することはできないはずです。もしかしたら、第三者の介入があったかもしれません」
「……なんか今、とある子が思い浮かんだんだけど」
「奇遇ですね、俺もです」
リシテア・リングベルド・ベルグラード。
俺とブリジット王女は、彼女のことを思い浮かべている。
「王国の西っていうことは、帝国に近い……リシテアが介入することは可能だね」
「密かに物資や人員を流す。首都から離れれば離れるほど、どうしても警戒は薄くなってしまいますから、やろうと思えばできますね」
「目的は……サンライズ王国に対する工作かな? 盗賊団を暴れさせることで内部をガタガタにさせる、っていう」
「その可能性は高いと思います。ただ……」
なぜリシテアがサンライズ王国を狙うのか?
そこが問題だ。
「今まで、サンライズ王国と帝国は大きな問題を起こしていません。今になって狙われる理由がわかりませんね」
「うーん、そこなんだよね。ウチと揉めている以上、サンライズ王国も敵に回したら厄介なことになるだけなのに、なんでだろう?」
「なにも考えていないんじゃないかな?」
ふと、シロ王女がそんなことを言う。
「お姉様や騎士達の話を聞くと、帝国の皇女っておバカさんなんだよね」
「シロちゃん、辛辣ぅ……」
「なら、深く考えていないと思うよ? なんかこう、えっと……むかつくからやっちゃえー、みたいな?」
「うーん、さすがにそれは……」
「……いえ。案外、アリかもしれません」
「えっ、アルム君?」
シロ王女の答えが一番近いような気がした。
相手はリシテアだ。
常識で考えようとしたら答えにたどり着けないだろう。
シロ王女のような、斜め上の発想が必要になる。
そして、それが正解になることもある。
「とはいえ、リシテアが関わっているかどうか、それもまだ仮定の話です。まずは情報を集めましょう……シャドウ」
「はいっす!」
どこからともなく漆黒の装束に身を包んだ女の子が現れた。
元世界最強の暗殺者。
今はフラウハイム王国の密偵で、俺の部下でもある。
「今の話、聞いていたな?」
「帝国を探ればいいっすね?」
「うん、よろしく」
「アニキのためにがんばるっす!」
ふっと、シャドウが消える。
彼女の情報収集能力だけは俺も敵わない。
きっと欲しい情報を手に入れてくれるだろう。
「アルム君……なんか、嫌な感じがするね」
「気の所為であることを願いたいですね……」




