57話 この親にして子あり
皇帝ベルンハルト・リングベルド・ベルグラード。
皇妃イザベラ・リングベルド・ベルグラード。
サンライズ王国と同じように、この二人も帝国の武と叡智と呼ばれていた。
ベルンハルトは武に優れ、一騎当千の実力を持つ。
それは誇張された表現ではない。
彼は実際に、戦争の際に単騎で千の兵を打ち破っていた。
その圧倒的な力で皇帝の座を得たのである。
イザベラは、ベルンハルトに対して知力に優れている。
彼女が軍を率いれば必勝。
また、政治を司れば1年で10年分の発展を遂げる。
実際、イザベラが政治に関わるようになって、帝国は急速な発展を遂げた。
昔は小さな領土しか持たない弱小国家だったけれど、今は広大な国土を持つ世界最強の軍事国家だ。
ベルンハルトとイザベラの力で帝国は最強に成長した。
だからこそ、二人の子供であるリシテアには大きな期待が寄せられるようになった。
ただ……
現実は過酷だ。
リシテアは母と同じく帝国の叡智と呼ばれている。
父親ほどではないけれど、武にも優れていると言われている。
しかし、それは嘘だ。
我が子を可愛く思う皇帝と皇妃が嘘で塗り固めたものだ。
――――――――――
「ごきげんよう、お父様、お母様」
謁見の間でリシテアが優雅に礼をした。
その姿は凛々しく、また美しい。
帝国の花と呼ばれるにふさわしい姿だ。
そんな我が子の姿に、ベルンハルトとイザベラは満足そうに頷いた。
そして、視線で兵士達に退席を促す。
これはいつものことなので、兵士達は慣れた様子で謁見の間を後にした。
その際、心なしか早足になる。
遅くなって皇帝と皇妃の機嫌を損ねたら物理的に首が飛ぶからだ。
「先日はフラウハイム王国に軍を向けたそうだな?」
「はい」
「なぜ、そのような真似を?」
「フラウハイム王国が保有するにはもったいない領土があったので、帝国に編入するべき、と考えたためです」
ここにアルムがいれば、あほなのか? とツッコミを入れていただろう。
リシテアは嘘をつくわけでもなく、ごまかすわけでもなく。
ほぼほぼ事実を口にしていた。
勝手に軍を動かして、勝手に他国へ攻め入る。
その影響で、帝国は余計な外交を強いられることになった。
普通に考えて処刑一択だ。
これだけのやらかし、過去に類を見ないだろう。
リシテアが皇女だということを考えれば多少の減刑はあるだろうが……
それでも、帝位継承権の剥奪に身分の剥奪。
その上で追放が妥当だろう。
しかし……
「うむっ、よくやった!」
ベルンハルトはリシテアを叱るどころか、満面の笑みで褒めた。
正気を疑うような光景だ。
「さすが私達の娘ね」
帝国の叡智と呼ばれているイザベラもまた、リシテアのことを褒めていた。
二人の称賛を受けて、リシテアは得意顔になる。
「いえ、私なんて。お父様とお母様に比べたら、まだまだです」
「そのような他人行儀は呼び方をするでない」
「そうですよ。今は私達だけしかいないのですから」
「はい。パパ、ママ」
呼び方が変わり、ベルンハルトとイザベラは相好を崩し、笑顔たっぷりのだらしのない顔になる。
とても皇帝と皇妃とは思えない。
「うむ、よしよし。相変わらずリシテアは可愛いな。儂の娘は天使のようだ」
「あら。天使なんかで収まるようなものではありませんわ。女神でしょう?」
「やだ、ママったら。そんな……本当のことを言うなんて!」
リシテア、本心からの言葉である。
そして、皇帝も皇妃も本心からの言葉だ。
親子関係は良好ではあるが、その他、色々と心配になる会話だった。
ベルンハルトとイザベラは娘のリシテアを溺愛している。
それこそ、目に入れてもいいくらいに可愛がっている。
故に、リシテアを咎めることはない。
彼女のやることを全肯定する。
全てを認める。
結果、一度も怒られたことのない、否定されたことのないリシテアは増長する。
自分には才能がある。
確かな力と知恵がある。
そう信じて疑わない。
そして、他人を下に見る。
無能ばかりと嘲笑う。
ある意味で、リシテアの歪んだ性格は皇帝と皇妃の責任だ。
しっかりとした教育を受けることができなかった。
一番大事な心の教育に失敗した。
しかし、誰もそのことに気づいていない。
誰も。
「ねえ……パパ、ママ。私、フラウハイム王国を潰したいんだけど、いい?」
「ふむ? それはどうしてだ?」
「だって、最近生意気じゃない? 帝国より下のはずなのに、私達はあなたと対等です、なんて顔をしているし。ダメよ、そんなの。帝国はフラウハイムなんかよりも圧倒的に上。対等なんて顔をされたら、帝国の威信に関わるわ」
「おぉ、なるほど。たしかにその通りだな」
「リシテアはいつも鋭い着眼点を持っていますね、母として誇らしいわ」
斜め上かつ明後日の方向を見ているのだけど、親ばかの二人はそのことに気づくことができない。
娘の言うことはなんでも正しいと信じてしまう。
「だから……ね? フラウハイム王国を潰しましょう?」
「ふむ……残念ながら、そういうわけにはいかないのだ」
「む……どうして?」
リシテアは頬を膨らませた。
「慌てるな。リシテアが言うように、フラウハイム王国は潰した方がいいだろう」
「なら……!」
「しかし、今は時期が悪い。フラウハイムの者がサンライズを訪問しているという情報がある」
「サンライズを?」
「おそらく、我が帝国に対する牽制だろう。それと、対帝国同盟を強化するのだろうな」
「なるほど……」
リシテアは少し考えて……
ニヤリと唇の端を吊り上げる。
「なら、先にサンライズを叩きましょう♪」
こちらも親ばかにしてみました。




