54話 手を結びましょう?
旅立ちを控えた夜。
俺はベッドで寝るのではなくて、外に出ていた。
城を出て、街を出て。
近くにある林道へ移動する。
「こんばんは」
ライラ・アルフィネス・ベルグラード。
リシテアの従姉妹の姿があった。
「ひさしぶりね、元気にしてた?」
「はい、特に問題はありません」
ライラはリシテアの従姉妹ではあるが、その性格は違う。
彼女は皇族らしい皇族だ。
ライラが継承権を持っていたら帝国は大きく変わっていただろう、と思う。
「リシテアから聞いていたけど、本当に王国に身を寄せているのね」
「そうですね。今は、王国が俺の新しい居場所です」
「……一応聞いておくけど、帝国に戻るつもりはない?」
ライラが手を差し出してきた。
「もちろん、リシテアのところへ、じゃないわ。私のところに来ない?」
「……」
「あなたがいれば、帝国を変えることができるはず。それだけの力を秘めているわ。私と一緒に帝国を変えましょう?」
たぶん……
俺を騙そうとかそういうわけではなくて、彼女は本心から俺を必要としてくれているのだろう。
帝国を変えるという言葉も本気だろう。
でも。
「申しわけありません」
俺は首を横に振る。
「私のこと、信用できない?」
「いいえ。あなたのことは信用できます。成し遂げられるかどうかは別としても、その言葉は本気なのでしょう」
「なら、どうして?」
「俺は、すでに仕えるべき主を見つけたので」
俺の主はブリジット王女だ。
彼女のために身も心も魂も尽くす。
それが執事たるもののやるべきこと。
「そっか、残念ね」
俺の答えを予想していたらしく、ライラの反応は落ち着いたものだ。
本当にリシテアと血が繋がっているのだろうか?
そんな疑問を抱いてしまう。
「なら、もう一つ。協力関係を結ばない?」
「協力関係?」
「私は、近々行動を起こすつもりよ」
「……っ……」
「腐りきった帝国を、本来あるべき姿に戻すつもり。そのために色々と仕込みをして……そして、大体の準備は終えたわ」
「あなたは……」
「帝国の血を引いているからこそ、現状を認めることはできないの。許すことはできないの」
ライラは革命家の顔をしていた。
必ず目的を成し遂げる。
そのために、どんなこともしてみせる。
結果、例え地獄に落ちようとしても歩みを止めることはない。
そんな鋼鉄のような決意を感じられた。
「あなたのために……王国のためにもなるはずよ」
「それは、どうして?」
「わかっているでしょう? 今の帝国は鎖から解き放たれた、乱暴な獣のようなもの。近づくものはなんでも噛みついて、放っておいたら獲物を求めて暴れ回る。そうなる前に叩くべきなのよ」
確かに、ライラの言う通りだ。
リシテアが舵を取るようになって、帝国は暴走を始めている。
仮に、皇帝と皇妃が動いたとしても……
やはり現状は変わらないだろう。
あの二人は娘に甘い。
リシテアを溺愛しているため、彼女を諫めることは難しい。
むしろ一緒に暴走する可能性が高い。
その時、フラウハイム王国が巻き込まれるかもしれない。
ブリジット王女だけじゃない。
頼りになる騎士達。
素晴らしい能力を持つ王。
天真爛漫なシロ王女。
そして、優しい民達。
彼らを守りたい。
戦火なんてものに巻き込みたくない。
ライラは手段を選んでいる様子はない。
卑怯な手を使っている可能性は高い。
でも……
「俺の一存で決めることはできないが、機会を見て、ブリジット王女に話をしておく」
利用できるものはなんでも利用した方がいい。
そう判断した俺は、ライラの申し出を突っぱねることはなく、前向きに検討することを約束した。
「ふふ、あなたならそう答えてくれると思っていたわ」
「俺は判断権を持っていない。あくまでも、ブリジット王女が決めることだ。ただ、彼女はとてもまっすぐな人で、それこそ太陽のような人だ。帝国を変えるためなら、多少の無茶無理は許可するだろうけど、非道や外道に手を染めるようなら……」
「わかっている。私も、彼らと同じレベルに堕ちるつもりはないわ。なんでもするつもりではいるけど、でも、人間を辞めるつもりはない」
「その言葉、信じる」




