5話 大変だったね
「ささ、どうぞどうぞー! いらっしゃいませー!」
ブリジット王女と一緒に王都に移動して。
それから城の客間に案内された。
簡単によそ者を城に招き入れていいのだろうか?
そもそも、王女に案内をさせていいのだろうか?
「えっと……」
「紅茶でいい? っていっても、他にないんだけどね」
「大丈夫です……って、お茶なら俺が淹れますよ」
「平気平気。アルム君はお客様で恩人なんだから、ここは私にさせて?」
確かにその通りだけど、それでも侍女や執事にやらせるのが普通だと思うのだけど……
とことん気さくな王女みたいだ。
「はい、どうぞ」
「ありがとうございます」
「クッキーもあるよ。食べるよね?」
「いえ、大丈夫です」
「えっ、本当に? クッキーだよ? 甘いんだよ? 美味しいんだよ?」
そこまで驚かなくても。
「じゃあ……改めて、ありがとうございました。アルム君がいなかったら、私、今頃薄い本みたいなことをされていたと思う」
「薄い本?」
「あ、いや。今のなしで。誰かにバレたらまずい」
なんのことだろう?
「あまり気にしないでください。俺は、執事として当然のことをしただけです……元、ですが」
「んー……そこ、気になるんだけど。アルム君って、前はなにをしていたのか聞いてもいい? とある方に仕えていたって言うけど、詳細を聞きたいなー、って」
「……」
「アルム君……泣いているの?」
「え?」
言われて頬を伝う涙の感触に気がついた。
「あれ? おかしいな……リシテアのことなんて気にしていないはずなのに……」
本当は嫌われていたとしても。
でも俺は、リシテアのことが好きだった。
皇女ではなくて、一人の女の子として見ていた。
だから……
「大丈夫」
突然、ブリジット王女に抱きしめられてしまう。
ふわりと、甘く……
そして優しい匂いがした。
「……ブリジット王女……」
「辛い時は泣いていいんだよ? 我慢しなくていいんだよ? だから……ね。私の胸を貸してあげる。ここなら誰も見ていないから」
「……ブリジット王女が見ているじゃないですか」
「それは我慢して。ほら、いい子いい子」
「子供じゃないんですから……ただ」
今は少しだけ泣かせてほしい。
――――――――――
「……失礼しました」
スッキリしたが、しかし、ものすごく恥ずかしい。
たぶん、俺の顔は赤くなっているだろう。
「ふふ♪ 男の子が泣くところ、初めて見ちゃった」
「やめてください……」
「ごめんね。でも、落ち着いたみたいでよかった。やっぱり、元気と笑顔が一番だよね!」
そう言うブリジット王女の笑顔は、まさに向日葵だ。
彼女と一緒にいるだけで人々は笑顔になるだろう。
「ところで……なにがあったのか、詳細を聞いてもいいかな?」
「ええ、大丈夫ですよ」
リシテアの専属として働いていたこと。
様々な仕事をこなしていたが、本当は必要とされていなかったこと。
クビになり、帝国を後にしたこと。
簡単にこれまでの経緯を説明した。
「むー……」
「どうしたんですか、不機嫌そうな顔をして」
「めっちゃ腹立つ! なにその皇女!? ありえないんだけど、ありえないんだけど! 大事なことだから二回言った!」
「別に、ブリジット王女が怒らなくても……」
「腹が立つに決まっているじゃん、アルム君のことなんだから!」
「……ありがとうございます」
誰かのために真剣に怒ることができる。
ブリジット王女はとても優しいのだろう。
「あの皇女、にこにこ笑顔だったけど、猫を被っていたわけね……今度、しばく!」
リシテアの猫かぶりは完璧だからな。
初見の人が彼女の本性を見抜くことは難しい。
「まあいいや。それよりもアルム君のことだけど、行くところがないんだよね?」
「そうですね。せっかくなので、この王国で雇ってもらえるところがないか探すつもりです」
「雇うところ、あるよ?」
「本当ですか!?」
「イッツ、ミー」
ブリジット王女はドヤ顔で自分の胸をとんとんと叩いてみせた。
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