42話 お忍び王女さま
以前そうしたように、今日はブリジット王女と城下町の視察に赴いていた。
ただ、人々が声をかけてくることはない。
「うわー……誰にも気づかれない。アルム君って、本当になんでもできるんだね」
そう言うブリジット王女は、飾り気のないシンプルなスカートスタイルだ。
それと、いくらか化粧を施して、さらにウィッグを被っている。
目や鼻筋などはさすがに変えられないが、他は完全に別人だ。
内緒で視察がしたい、ということで俺の持つ変装技術でブリジット王女を変装させたのだ。
お忍びということに不安はあったけれど……
そんな主を守るのも執事の役目。
それにシャドウもいる。
彼女もこっそり護衛についてくれているから、街の視察くらいなら問題ないだろう。
「ところで、どうして秘密の視察を? なにか問題が?」
「あ、ううん。そういうわけじゃないんだ。ただ、王国にも悪い人はいるからね。いつもの調子で街に出たら逃げられちゃうんだ。だから、たまにふらふらーっとしているの」
「なるほど」
ブリジット王女は絶大な人気を持つ。
外を歩けば、誰もが笑顔で声をかけてくれる。
それは良いことだけど、そんな状態ではこっそりと悪人の調査を進めることはできないか。
「どこに行きますか?」
「ちょっと歩いたところにある食堂」
「……お腹が空いたんですか?」
「違うよ!? この食いしん坊め、っていう目はやめて!?」
ブリジット王女曰く、その食堂は色々な情報が集まる場所らしい。
なにか調べたいことがある人は、大体、その食堂に足を運ぶのだとか。
「だから、悪い人がいないかどうか、調べるにはそこの食堂に行くのが一番手っ取り早いんだよ」
「なるほど……妙な疑いをかけてしまい、申しわけありませんでした」
「気にしないで。それよりも、今日はなにを食べようかな? あ、そうだ。新作のクリームコロッケにしようかな?」
やっぱり食いしん坊では?
と思ったけど、それは口にしないでおいた。
――――――――――
「ここだよ、ここ」
ブリジット王女が笑顔で食堂に案内してくれた。
よほど楽しみなのか、本当に嬉しそうだ。
その姿に苦笑しつつ、中へ……
「どけ、邪魔だ」
きらびやかな服を着た男が出てきた。
他にも複数の男を連れている。
護衛だろうか?
「失礼しました」
ブリジット王女もいるし、騒ぎを起こすわけにはいかない。
素直に退いて頭を下げる。
「ふん、卑しい者ばかりで気分が悪くなるな」
そんな台詞を残して男達は立ち去る。
ブリジット王女が近くに落ちていた石を拾い、投球の構えを……
「って、なにをしているんですか!?」
「ちょっとキャッチボールをしようと思って」
どこの世界に石でキャッチボールをする人がいる。
「俺のことは気にしないでください」
「まあ、アルム君がそう言うのなら……ほんと、あの貴族はろくでもないなあ」
「知っているのですか?」
「カイド・ユースツネル。そこそこの身分を持つ、うちの貴族。仕事はできるけど、でも、色々と偏っているところがあって……頭痛の種だよ」
問題児ということか。
なにもなければいいのだけど……
妙に、今の貴族のことが気になった。
――――――――――
「んー、美味しい♪」
ほくほくのクリームコロッケを食べて、ブリジット王女はとても満足そうだ。
美味しいものを食べて機嫌を治してくれたらしい。
それに、この食堂に来たことは間違いではない。
ブリジット王女が言っていたように、色々な客がいて、色々な情報が飛び交っている。
情報屋も混じっている様子で、ちょっときな臭い話もされていた。
「なるほど……確かに、ここはすごい場所ですね」
「でしょ? ここの新作はいつも当たりで、外れがまったくないのがすごいところなんだよ!」
「いえ、そうではなくて……っていうか、食がメインですね?」
「そ、そそそ、そんなことはないよー?」
「まあ、料理が美味しいのは確かですけどね」
俺もクリームコロッケを食べつつ、話を続ける。
「本当に色々な話が流れていますね。ちょっと際どい話もあって、この様子なら、色々と有益な情報を持ち帰ることができそうです」
「あれ? 基本、情報はここにいる情報屋から買うんだけど……アルム君、もう買っていたりするの?」
「いいえ」
「なら、どうしてわかるの?」
「聞こえていますから」
「……ヒソヒソ話を? テーブルとテーブルの間、けっこう離れているんだけど? あと、席数も多くてお客さんも多いから、会話はごっちゃになると思うんだけど」
「執事なので、主の言うことを聞き逃してはいけません。なので、耳がよくなる特訓をしましたから、そのおかげですね」
「耳がいいとか、そういうレベルを超えている気がするんだけど……まあいいや。アルム君だからね」
最近、妙な納得のされ方をしているような気がした。
「どんな情報があるのかな?」
「悪い話に限定すると、本当に色々とありますね。今、この場でどうこうっていうことはないので、持ち帰り、対応策を練るのが一番かと」
「オッケー。じゃあ、後で全部教えてね。それを各部署に共有して、みんなで対策を練ろう。そして、事件が起きる前に阻止しよう」
「はい」
その後は食事を楽しみつつ、情報収集に励んだ。
途中、メモを取らなくていいの? と疑問を向けられたけど……
一字一句、全部覚えているので問題ありません、と答えたらものすごく微妙な顔をされた。
なぜだ?
「おいっ、店長を呼べ!」
ふと、店内に怒声が響き渡る。
何事かと振り返ると、冒険者らしき男二人組が声を荒らげていた。
「お客様、どうかされましたか?」
「なんだ、この料理は!? こんなクソまずいもので金を取ろうっていうのか!?」
「おいおい、アニキの舌を満足させるどころか、腐らせるつもりか? 俺達を舐めているのか!?」
ガシャン! と皿が割れる音が響いた。
二人組は、料理が残っているにも関わらず、皿を床に投げ捨てたのだ。
「お、お客様、このようなことは……」
「あぁ? 俺達が悪いってか? ふざけるなよ!」
「とことん低レベルな料理を出して、客をバカにして、そりゃもうてめえの責任だろうが!?」
「徹底的にやってやろうか、あぁん!?」
「おぁん!?」
事情はさっぱりわからないが、どうも、まともな客ではないみたいだ。
「……アルム君」
「はい」
「やっちゃって」
「はい」
据わった目で言うブリジット王女の方が連中より怖い……と思ったのは内緒だ。
――――――――――
「お、覚えていやがれ!? 俺らにはすごい方がバックについているんだからな!?」
「ひぃいいい!!!」
二人組を叩き出すと、店内の客から歓声が上がり、拍手が送られた。
「あ、ありがとうございます! おかげさまで、とても助かりました。本当にありがとうございます!」
「いえ。それよりも、ちょっと話を聞きたいのですが、いいですか?」
ここまで関わって、はいさようなら、というわけにはいかない。
ブリジット王女もそんなことは望まないだろう。
店長を俺達のところに誘い、話を聞くことにした。
「えっと……あ、あなた様は!?」
ブリジット王女に気づいたらしく、店長が声を大きくした。
さすがにこの距離だとわかるか。
「しー。今はお忍びだから、私のことは内緒ね?」
「は、はい。わかりました」
「それで、今の連中について聞いてもいいかな?」
「実は……」
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