41話 ライラ・アルフィネス・ベルグラード
「……今、なんて?」
帝国。
リシテアの部屋で、彼女は扇をいじりつつ、専属の執事に低い声で問いかけた。
ヘビに睨まれたカエル。
執事は汗を流しつつ答える。
「その……例の件ですが、失敗いたしました」
「失敗? 世界最強の暗殺者が、今まで依頼を失敗したことのない暗殺者が、失敗したっていうの?」
「は、はい。そのような報告を受けております」
「……」
「そ、それだけではなくて……」
これを口にすれば、リシテアの機嫌はさらに降下するだろう。
八つ当たりをされるかもしれない。
しかし、報告を怠れば問題になることは確実。
執事は怯えつつ、次の言葉を並べていく。
「その……暗殺者は、フラウハイム王国に寝返った様子でして……」
「はぁ!?」
リシテアはバチンと扇を閉じた。
「なんで寝返るのよ!? 依頼失敗っていうならまだわかるけど、寝返る意味がわからないわ!」
「そ、それは自分もわからないのですが、確かに、そういう報告が……」
「……もういいわ」
「は、はい?」
「いいから、さっさと出ていって!」
「は、はいっ!」
とばっちりを食らう前に、執事は慌てて部屋を出ていった。
一人残ったリシテアは爪を噛む。
「どいつもこいつも……本当に使えない!」
「あらあら、ご機嫌斜めね」
ふと、扉が開く音がした。
リシテアは反射的にそちらを睨みつける。
リシテアと同じ色の髪は肩で切りそろえられていた。
体のラインは魅力的を超えて蠱惑的。
男性の目を惹きつけて止まないだろう。
ライラ・アルフィネス・ベルグラード。
リシテアの従姉妹だ。
血縁関係はあるものの、血は遠く、そのために帝位継承権はない。
ただ、リシテアはライラのことを好いていた。
なによりも美しく。
それだけではなくて、聡明な従姉妹のことを実の姉のように慕っていた。
「ライラお姉様!」
機嫌がパッと治り、リシテアは笑顔でライラに抱きついた。
そんな妹をしっかりと抱きしめて、ライラも笑みを浮かべる。
「ふふ、リシテアは相変わらず甘えん坊ね」
「ライラお姉様にだけよ? あとは、パパとママかしら」
「その中に加えてもらえるのは光栄ね」
「でも、どうしたの? 確か、南に赴いていたでしょう? しばらくはかかる、って……」
「思っていたよりも早く終わったから、こうして帰ってきたの? 嫌だった?」
「まさか! ライラお姉様が戻ってきて、あたし、とても嬉しいわ!」
とても無邪気な笑みだった。
リシテアがライラのことを心から慕っているのがわかる。
その一方で……
「……ふふ」
一瞬ではあるが、ライラはひどく歪な笑みを浮かべた。
リシテアを嘲笑うような。
軽蔑するような。
憎しみを抱くような。
そんな笑み。
ただ、それは幻だったかのようにすぐに消えて、リシテアを抱きしめる。
「ええ、私も嬉しいわ。リシテアに会いたいから、すぐに仕事を終わらせて戻ってきたのよ」
「もう。そんな嬉しいことを言われたら、あたし、笑顔が止まらなくなっちゃう」
「私もよ」
ひとしきり再会を喜んだ後、二人はお茶をする。
普段はメイドや執事に淹れさせているが、今回はライラが淹れることになった。
「わざわざ、ライラお姉様がそんなことをしなくても」
「お土産でいいお茶を持ってきたから。リシテアに飲んでほしいの。はい、どうぞ」
「わぁ、いい香り。いただきます♪」
二人はお茶を楽しみつつ、しばらくの間、笑顔で近況報告をする。
そのどれもが他愛のない話で、美味しい食べ物を見つけたとか、綺麗なアクセサリーを手に入れたとか、そんなものだ。
「そういえば……」
ふと、ライラがなにかに気づいた様子で問いかける。
「アルム君はどうしたの?」
「……」
リシテアの機嫌が急降下した。
「彼、いつもあなたの後ろにいたと思うんだけど」
「……あんな無能、クビにしたわ」
「え、クビ?」
「そうよ。なにをしても使えないし、なにもできないし、おまけにあたしに逆らうし。そんな無能はいらないからクビにしたの」
「へぇ……」
都合がいい。
ライラは小さな声でそうつぶやいたものの、リシテアには届いていない。
「でも、あの無能、フラウハイムの王女と一緒になってあたしをバカにして……!」
「あら、それは許せないわね」
「ええ、そうよ! 許せないわ! この屈辱、絶対に晴らしてみせるんだから!!!」
怒りに燃えるリシテアを見て、ライラは微笑む。
私も屈辱を晴らしてみせるわ……と。
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