4話 ブリジット・スタイン・フラウハイム
「はじめまして、ブリジット・スライン・フラウハイムだよ♪」
驚きだ。
馬車に乗っていたのは、この国の王女様だった。
プラチナブロンドの髪は絹のようにサラサラで、腰まで届くほどに長い。
風が吹くとふわりとたなびいた。
ダンスなどで鍛えられているのか、しなやかな体と豊かな胸元。
ただ、そこにいやらしさはない。
芸術のように、ただただ美しさがあった。
花をモチーフにしたと思われるドレスを着ているが、しかし、彼女の美しさを完全に引き立てることはできていない。
それほどまでに彼女の美しさは完成されている。
ただ、なによりも魅力的なのは彼女の笑顔だ。
それはまるで太陽。
周囲を明るく照らして希望を与えてくれる、なくてはならないものだ。
そんな彼女は、『向日葵王女』と呼ばれているらしい。
なるほど、納得の呼び名だ。
「危ないところを助けてくれて、本当にありがとう!」
「いえ、当然のことをしたまでです」
慌てて膝をついて頭を下げた。
すると、困ったような声が降ってくる。
「顔を上げて? 恩人に頭を下げさせるなんて、王族とか関係なく、人として失格だよ」
「しかし……」
「いいのいいの。見ての通り、私は王女だけど、ものすごく王女らしくないからね。らしくないでしょ? あっはっは」
どう反応していいか、非常に困る。
ただ、彼女がかしこまられることを望んでいないのは理解した。
なら、その望みに従うだけだ。
「わかりました。王女が望むのなら」
「ありがとね♪ でも、その敬語も止めてほしいかな?」
「それはさすがに……」
「んー……ま、仕方ないか。オッケー、口調はそのままでいいよ」
「ありがとうございます。ところで、どうしてこのようなことに?」
「実は……」
話を聞くと、ブリジット王女は帝国に外交の使者として赴いて、その帰り道に盗賊に襲われたらしい。
極秘の会談だったらしく、護衛は必要最低限。
危ういところだったけど、そこを俺が通りかかり……という流れのようだ。
「極秘の会談の帰り道に襲われる……作為的なものを感じますね」
「君も?」
「もしかしたら、帝国の者がブリジット王女を亡き者にするために……」
「いやー、それはさすがにないと思うよ? 私の価値がどうというよりも、そんな短絡的なことはしないよ」
「それもそうですね。つまらない発言をしてしまい、失礼しました」
「気にしないで。それよりも……」
「失礼、申し遅れました。俺は、アルム・アステニアと申します。帝国のとある方に仕えていた執事です」
執事とかありえないだろう。
というような感じで、護衛の騎士二人が訝しげな表情に。
失礼な。
俺は、どこからどう見ても執事だろう。
「過去形っていうことは?」
「クビとなり、あてのない旅をしています」
「なるほど、なるほど。んー……」
考えるような間を挟んでから、ブリジット王女は笑顔で言う。
「よかったら、ウチに来ない?」
――――――――――
「ねえねえ、あいつはどうなった?」
場所は帝国。
皇女の部屋。
好物のケーキを食べて口の周りをクリームで汚しつつ、リシテアはメイドに尋ねた。
「あいつ、というのは……?」
「んー、なんだっけ? 名前忘れたけど、ほら、あいつ。隣国の王女」
「ああ、ブリジット様のことですか。ブリジット様でしたら会談を終えて帰国いたしましたが」
「違う違う。二度、同じ質問をさせないで」
「えっと……ど、どういことでしょうか?」
「はあ……あたしが聞きたいのは、あの小生意気な王女、ちゃんと始末できたかな? っていうこと」
「……はい?」
この皇女はなにを言っているのだろうか?
話を理解できないメイドは目を丸くした。
「あいつ、あたしに対等な感じで口を効いていたじゃん? ありえないでしょ。あたしは帝国の皇女。あんなちっぽけな国とは違うの。対等なわけがないの」
「は、はい……」
「むかついたから、帰りに盗賊に襲われるように手配したんだけど、どうなったか知らない?」
「そ、そのようなことをしていたのですか!?」
メイドは悲鳴のような声を……いや、悲鳴をあげた。
外交に来た王女を襲わせるなんて、絶対にありえない話だ。
相手が小国だろうが関係ない。
下手をしたら帝国は『くだらないことで相手に噛みつく野犬』というレッテルを貼られてしまう。
それがどれだけの損失を生むか、この皇女はまるで理解していない。
「ど、どうしてこのようなことに……」
今までは、皇女の無茶な命令は全てアルムが打ち消していた。
どれだけ癇癪を起こされて、どれだけ罵倒されたとしても、アルムのところで命令がストップしていた。
しかし、そのアルムはもういない。
故に、皇女の無茶振りが通ってしまう。
どれだけアホな命令だとしても、それを止める者がいないのだ。
それに気づく者はいない。
メイドも気づいていない。
なぜなら、彼女もまた、アルムを下に見ていたのだから。
自分の仕事を彼に振り楽をして……
その上で、仕事が遅いとなじっていたのだから。
彼女だけじゃない。
この城で働く者は、皆、似たようなことをしていた。
ほとんどの仕事をアルムに押しつけていた。
そのアルムがいなくなって。
さらに、皇女を制御する者がいなくなって。
……静かにゆっくりと、しかし確実に帝国は崩壊の道を歩んでいくことになる。
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