34話 気にする必要はない。だって……
あれから数日が経った。
ブリジット王女はアルフレッドと話をして、俺に対する認識を改めるように指導した。
他の騎士もそれに参加したらしい。
ただ、その成果は出ていない。
毎日のようにアルフレッドに絡まれて、「卑怯者である君は、人としての最低限の矜持を守るために、潔く専属を辞任するといい」と言われ続けていた。
俺は大して気にしていない。
ただブリジット王女はそうはいかないらしく、日に日に険しい顔になり、「こうなったら消すか? 消す? ふふふ♪」という危ない呟きが多くなっていた。
本当になんとかしないといけない。
そうやって頭を抱えていた時、解決方法が向こうから提示された。
――――――――――
「アルム・アステニア、僕は君に決闘を申し込む!」
話があると呼び出されて。
そして、大勢の人がいる広間で、アルフレッドは俺に手袋を投げつけてきた。
「決闘?」
「君は僕の慈悲を無視して、未だに王女の専属の座を降りていない。なんていう恥知らず、なんていう愚か者。あぁ、こんな寄生虫のような存在がこの国にいるなんて、とても嘆かわしい」
「はぁ……」
「よって、君を排除することに決めた! さあ、その手袋を受け取るがいい!」
そう促されるのだけど、迷ってしまう。
決闘が怖いわけじゃない。
むしろ、この問題が決闘で解決するのなら話が早い。
ただ、そんな勝手をしていいものかどうか。
俺はブリジット王女の専属。
それなのに勝手に決闘を受けたりしたら、下手をしたら王女の名が傷ついてしまう。
あの王女は好戦的な執事を専属にしているのか、とか。
相手を陥れるためによく使われる手だ。
「どうした? まさか、決闘を受けないつもりかい?」
「いや、俺は……」
「なんていう……まさか、ここまでの腰抜けだったとは思わなかったよ。ある意味で尊敬するよ。君は、素晴らしい腰抜けだね。チキンハートと呼ぶべきかな? いや、キング・オブ・チキンハートだ。そんなことで、よく今まで生きてこられたものだ。どうやら、運だけはいいようだ」
「「「……こいつ……」」」
何事かと駆けつけてきた騎士達が殺気立っていた。
やばい。
元帝国兵で、ブリジット王女に拾われた者達だ。
それと、スタンピードが起きた時、街を守ろうと奮起した騎士達もいた。
俺のことをちゃんと知っているから、代わりに怒ってくれているのだろう。
その気持ちはとても嬉しいけど、さすがに仲間割れはまずい。
「俺は……」
「アルム君、いいよ!」
ブリジット王女の声が飛んできた。
彼女も駆けつけてきたみたいだ。
「オッケー! 許可! アリ寄りのアリ! 私がいいっていうから、いいよ! アルフレッドの決闘を受けて、ぼっこぼこのめっためたのギッタギタにしちゃって!!!」
がるるる、と犬のように吠えていた。
そこまで怒らなくても……と思うのだけど、でも、やはり嬉しい。
彼女の怒りは、そのまま優しさに繋がる。
それだけ俺のことを考えてくれているのだ。
「かしこまりました」
俺は床に落ちた手袋を広い、アルフレッドを見る。
「決闘を受ける」
「ようやく覚悟を決めたか。いや、逃げ道がなくなったというべきかな? ここまでされて、しかも王女の前で断れるわけがないからね」
どうやら、ここにブリジット王女がやってきたのは偶然ではないらしい。
アルフレッドが手を回したのだろう。
でも、それは自分の首を締める行為に他ならない。
「皆、聞いてほしい!」
アルフレッドは渾身のドヤ顔で語る。
「アルム・アステニアは王国に巣食う寄生虫だ。確かな実力はなく、しかも知恵もない。それなのに卑怯な手でブリジット王女の専属となり、その座を守るために再び卑怯なことを繰り返していた。そのような輩を許せるはずがない! 僕はこの国の騎士であり、そして剣だ。この騎士の魂と誇りにかけて、アルムという害虫を駆除することを、ここに誓おう!!!」
彼の演説に感銘する者はいない。
大半の者は怒りの形相を浮かべていた。
ブリジット王女もその一人だ。
「ちょっと、アルム君! なにか言い返して! まずは口撃だよ!!!」
「いえ、その必要性を感じないので」
「どうして!? あそこまで言われて悔しくないの!?」
「いえ、ですが……子犬がきゃんきゃんと吠えたところで、気にする人はいないでしょう?」
瞬間、場が沈黙に包まれた。
そして、爆笑。
「おいおい、アルフレッドを子犬扱いかよ! やばい、傑作だ!」
「まあ、確かにアルムさんならそうなるよな」
「あれこれしていたのは知っていたが、ハナから相手にされていなかったんだな」
「なっ、なっ……!?」
ここにいる全ての人に笑われて、アルフレッドは顔を真っ赤にした。
なぜ笑われている?
なぜ自分の味方がいない?
状況をまったく理解できていない様子だ。
なるほど。
確かに、彼は思い込みが激しく、そして周りがまったく見えていない。
「くっ、ううう……け、決闘の日時は追って伝える! いいか、逃げるなよ!?」
アルフレッドは逃げるように立ち去り……
そんな彼の姿に、さらに爆笑が広がるのだった。
「あーっはっはっは! ひぃーっ、ダメダメ、面白すぎてお腹がよじれちゃう! お腹痛い! ダメ、めっちゃ涙出てきたかも」
「えっと……ブリジット王女?」
「ほんと、なんでアルム君が怒らないのか不思議だったんだけど、そっかー、犬かー。うんうん、子犬が吠えているのなら怒る必要はないよねー……ぷっ、あは! あははははは! ダメ、ホントお腹痛い!」
「あー……」
「見た? 今のアルフレッドの顔、見た? 真っ赤になって、それでいて泣きそうで……ホントやばい。もう、ほんとに苦しいくらい笑えて……はひゅっ!?」
「えっ」
「あっ、あああ……!?」
やばい!?
笑いすぎて過呼吸を起こしているぞ!?
「ブリジット王女、しっかりしてください! ブリジット王女!?」
「あわわわ……」
その後、ブリジット王女笑いすぎて過呼吸を起こして死にかける、という事件が話題をかっさらい……
アルフレッドの痴態を上書きしてしまい、良い話題はもちろん悪い話題もなくなり空気のようになってしまい、それはそれで、さらに彼は可哀想なことになってしまうのだった。
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