331話 待ち受けて、耐えて
「……と、いうような状況でした」
翌日。
偵察で得た情報をまとめて。
ブリジット王女の執務室に足を運び、報告をする。
「うーん……」
報告を受けたブリジット王女は難しい顔に。
それもそうだろう。
それなりの情報を手に入れることはできる。
ルーベンベルグはほぼほぼ黒で、なにかしらよからぬことを企んでいる。
『アレ』と言っていたのは、たぶん、リットのことだろう。
他に心当たりがない。
ただ、リットを利用してなにを企んでいるのか?
肝心の部分が不透明なままで、なかなか次の行動に迷うところだ。
「……ルーベンベルグ卿が口にしていたっていう『アレ』って、リットのことだよね? たぶん」
「おそらくは」
「リットを利用して、なにか悪いことを企んでいる……たぶん、王家が絡んでいるかな? ルーベンベルグ卿は野心でいっぱいというか、今の地位で満足していないみたいだからね。宰相などの座を狙って……ううん。もしかしたら、王家そのものを狙っているのかも」
「……冗談でしょう?」
一介の貴族が王になる?
普通に考えてありえない話だ。
ルーベンベルグが百年に一度の逸材で。
フラウハイム王国が衰退して、王家に対する信頼が失墜している。
……その二つの条件が揃っているのならば、あるいは、となるが。
しかし、そのようなことはない。
ルーベンベルグは、調査の範囲内ではあるが、ただの凡人。
突出した能力はなく、血筋で今の地位を得たようなもの。
フラウハイム王国は安定。
民からの信頼も勝ち取り、なにも問題はない状態だ。
「ルーベンベルグが王の座につくようなことは、天地がひっくり返ってもありえないと思うのですが」
「アルム君もなかなか言うね。でも、私も同意見。あの人にそこまでの器はないよ」
ブリジット王女もなかなか言う。
ただ、それが正しい評価なのだろう。
「過ぎた野心に取り憑かれているだけ。いずれ、破滅するよ」
「とはいえ、そういう輩は厄介です」
「うん……そうなんだよね」
ブリジット王女は、とても困った様子で深いため息をこぼした。
小悪党なら、考える悪事も大したことはない。
力を示せばすぐにおとなしくなる。
ただ、中途半端に悪知恵を身につけた悪党は厄介だ。
悪知恵を働かせたとしても、そこまでの脅威ではない。
大抵がつまらない策を巡らせるだけで、わりとすぐ看破することができる。
問題は、自暴自棄になること。
もう後がない。
どうしようもない。
破れかぶれで一矢報いるしかない。
そんな考えを持たれ、暴走してしまうことが多いと聞く。
俺も、そういう輩をよく見てきた。
昔、まだリシテアの側にいた頃、山程そういう輩はいた。
時に、自爆をしようとして。
時に、異質な存在の力を借りようとして。
そして……
周囲のことを考えることなく、民を巻き込もうとする者もいた。
ルーベンベルグがそこまでの愚か者かどうか、それはなんとも言えないが……
そうなる可能性も考えて対策を練った方がいいだろう。
「アルム君はどうしたらいいと思う?」
「そうですね……」
ここに来るまでの間、そう聞かれることも想定して、考えをまとめておいた。
改めてその考えに問題はないか頭の中で検証しつつ、ゆっくりと答えていく。
「敵の目的は不明。可能性の問題ではありますが、あまりに追い詰めすぎると厄介な事態を招くことも。今のところ、敵に都合がよく、我々にとっては都合が悪い状況です」
「うん、そうだね」
「なので……いっそのこと、ルーベンベルグのやることなすこと、全て叶えてやるというのはいかがでしょう?」
「全て……?」
「もちろん、最後の最後まで成し遂げさせる、というわけではありません。敵の策を受け入れて、そのまま自由と行動を許す。なにもかも全てうまくいっている……そう思わせて油断させたところで、一気に反撃を。うまくいっているため、敵は反撃を想定していない、しづらい状況になるでしょう。それならば大きな動揺を誘えるはず。その隙に電撃的なカウンターを繰り出して、一気に制圧……いかがでしょう?」
「……なるほど」
ブリジット王女はしばし黙考する。
ややあって、一つ頷いた。
「うん、それでいこうか」
「はい」
「ただ、リットの安全が一番。そこに関しては敵の思い通りにさせたらダメ」
「もちろんです」
「うん、よかった。さすがアルム君、私の考えていることをきっちり理解してくれているね」
「それが執事の役目ですから」
「……執事、っていう理由だけ?」
ふと、ブリジット王女が甘えるような視線をこちらに向けた。
頬が少し赤い。
えっと……
「……恋人だから、という理由もあるかもしれません」
「えへへ♪」
にへら、と嬉しそうに笑う。
よかった。
これで正解だったようだ。
しかし……
「……やや恥ずかしいですね」
「慣れて♪」




