330話 限りなく黒に近いグレー
「……そ……ふむ。つまり……」
魔道具が声を拾った。
自然と心が引き締まる。
ヒカリも表情を引き締めていた。
「……ふむ。そうか」
最初、やや聞こえづらかったものの……
俺達が持つ、受信側の魔道具の調整をすることで、すぐに声がクリアになった。
「アレは王城にいる……そういうことだな?」
「はい。ほぼほぼ間違いないかと」
「本当か?」
「ブリジット王女や例の執事が一緒だったこと。それを考えると、他に可能性はないでしょう。もっとも、王城の警備は相当に厳重なため、直接的な確認はできていませんが……」
「……ふむ。そうなると、先の一件は千載一遇のチャンスだったか。ちっ……もったいないことをしたな」
片方の声は、ルーベンベルグのもので間違いないだろう。
事前に声を確認しておいたから聞き間違えることはない。
もう一人は……
『アニキ』
ヒカリは、声を発することなく、唇だけを動かして言葉を伝えてくる。
読唇術でそれを読み取る。
『相手に心当たりあるっす』
『誰だ?』
『裏世界の有名人っす。殺しだけじゃなくて、お金さえもらえれば、悪いこと、なんでもやるような』
『間違いないか?』
『以前、叩きのめしたことがあるので、間違いないっす。ハッキリ覚えているっす』
さらりと、とんでもないことを言うな。
今は、こうして落ち着いたものの……
かつて、最強の暗殺者だったということを思い出した。
「アレを奪取することは?」
「……できないとはいえませんが、絶対と断言することは無理です。失敗のリスクはそれなりにあると考えてください」
「くそっ」
椅子を蹴るような音。
苛立っている様子だ。
「……では、さらに用意することは?」
「それも難しいでしょう。アレは、彼らの協力を得て完成したもの。その技術を伝えられたわけではなくて、我々は、ただただ指示されていただけ。独自で、となると、どれだけの月日がかかるか……最悪、なにもできず失敗に終わるでしょう」
「ちっ……」
舌打ち。
次いで、再び椅子を蹴るような音が響いた。
なかなか荒れているようだ。
悪巧みをして、思うようにいかないことに腹が立っているようだが……
いったい、どのようなことを考えた?
なにを企んでいる?
そこをうまいこと話してくれればいいのだけど……
さすがに、そうそう都合よくいかないか。
さらに盗聴を続けるものの、二人の会話から得られるものは少ない。
ギリギリの会話をしているのだけど……
肝心の部分に触れることはなく、大きな手がかりを得ることができない。
なかなかにもどかしい。
「これからどうしますか? 現状、後手後手に回っていますが。もっとも、それが致命的な失敗というわけではなくて、大きな失敗というわけでもありません。いくらでも挽回は可能と思われますが?」
「……その通りだが、しかし、なにも進展がないのも確かだ。のんびりと進めたくはない。それに、そのようなことになれば、連中に悪い印象を与えるかもしれない。現時点で、連中を敵に回したくない」
「確かに」
「危険は孕んでいるが……賭けに出る必要があるかもしれないな」
「と、いうと?」
「さらってこい」
「ふむ……リスクは承知の上、というわけですね?」
「このままではジリ貧だ。ならば、リスクがあろうと、リターンを求めて動くしかないだろう」
「……わかりました。あなたがそう言うのならば、私は従いましょう」
「できる限りの支援はする。必要なものは用意しよう。部下も好きに使っていい」
「対象は無傷で?」
「……少しくらいなら怪我をさせても構わん。手に入れられるのなら、強引に出てもいい」
「了解しました」
「頼んだぞ。必ず、アレを手に入れてこい……そして私は、アレの力を使い成り上がってみせる。このようなところで終わる男ではないのだ、私は」
「はい、おおせのままに」
響く足音。
声が遠ざかる。
隠し部屋から離れたみたいだ。
「……ふむ」
得られる情報はこれで全部だろう。
これ以上、欲張ろうとすればルーベンベルグに勘付かれてしまう可能性がある。
肝心な情報を得ることはできていない。
もどかしくはあるが……
「これ以上はまずいな」
「撤退っすか?」
「ああ。魔道具を回収した後、屋敷を離れるぞ」
「ラジャーっす」




