326話 たららったたら~
「じゃじゃーん!」
数日後。
シロ王女がブリジット王女の執務室にやってきて、なにやらドヤ顔を披露した。
俺は内心で首を傾げて。
ブリジット王女は、ペンを持つ手を止めて、笑顔で問いかける。
「どうしたの、シロちゃん? お姉ちゃん、今はお仕事中だから、遊んでほしいのなら後で……」
「そうじゃないよ、お姉様! あれが完成したの!」
「あれ?」
「あ、お兄ちゃんに頼まれていたものだから、お姉様は知らないんだった」
シロ王女の視線がこちらに向いた。
「はい、お兄ちゃん!」
「これは……?」
シロ王女から手の平サイズのカードのようなものと、耳栓のようなものを受け取る。
どちらも見たことのないものだ。
「これがお兄ちゃんに頼まれていたものだよ」
「なるほど……これほどまでに早く仕上がるとは思っていませんでした。さすが、シロ王女ですね」
「えへへー♪ もっと褒めてもいいよ?」
「素晴らしいです、さすがです、天才でしょうか」
「えへへへへへ~♪」
シロ王女が笑顔でとろとろになりそうだ。
「しかし、これはどのようにして使えば?」
「その耳栓のようなものは受信装置だよ。耳につけて」
「こうですか?」
「うん。それで、こっそり盗み聞きしたい方に角を向けてみて?」
言われた通り、カードを窓に向けてみる。
窓の外は中庭だ。
今は専属の庭師が作業をしている時間のはず。
『んー……今日はいい天気だけど、ちと元気がないな? ここ最近、天気の悪い日が続いていたせいかもしれないな……後で栄養剤を与えてみるか』
そんな声が聞こえてくる。
「これは……」
「離れた人の声をこっそりと聞くことができる、お兄ちゃんにお願いされた通りの魔道具だよ。名付けて、ひそひそこそこそ君!」
シロ王女が自慢そうに言うのだけど、これは自慢するのも当然だ。
壁を貫通して、そこそこの距離があるというのに、相手の声を聞くことができる。
声質はクリアーなものではなくて、曇っているような感じではあるが、それは些細な問題だ。
話を盗み聞きできる、という点において、これ以上優れた道具はないだろう。
「アルム君、それ、どういうことなの?」
事情がわからないブリジット王女は不思議そうに尋ねてきた。
「そうですね……」
ルーベンベルグ卿に探りを入れる。
そのためにシロ王女に開発してもらった。
こういう暗部は、あまりブリジット王女に見聞きしてほしくないのだが……
かといって、なにも事情を知らないのでは、いざという時に動きが鈍くなる。
なによりも、ブリジット王女は全ての面に向き合うと決めているような人なので、こういう隠し事をされるのは嫌うだろう。
「実は……」
素直に話すことにして、一から十を全て説明した。
「……そっか、そんなことになっていたんだね」
「説明が遅れて申しわけありません」
「ううん、謝ることないよ。アルム君は、不確定な情報を入れたくない、って思ったんだよね? そういう気遣いは嬉しいな」
「ブリジット王女のお役に立つためならば」
「十分だよ。というか……」
「はい?」
「……隣にいてくれるだけでも、私は嬉しいよ」
「では、そちらはまた今度の休みにでも」
「うん♪」
「むぅーーー……」
しまった。
シロ王女がむくれている。
「し、シロちゃん、ありがとう! これがあれば、アルム君はすごく助かると思うな! ね、アルム君?」
「はい、そうですね。とても助かります」
「なら、シロのことも褒めて? なでなでして?」
「さすがです、シロ王女。深く感謝しています」
「えへー♪」
よかった。
機嫌を直してくれたみたいだ。
「アルム君は、これからルーベンベルグ卿の調査を?」
「そうですね。即日というわけにはいきませんが、準備が整い次第」
「そっか……」
「どうかいたしましたか?」
「ちょっと嫌な予感がするから……気をつけてね」
「もちろんです」
ブリジット王女は優しく、俺になにかあれば悲しんでしまうだろう。
それだけではなくて……
俺は彼女の恋人だ。
無事な姿を見せることも恋人の務め。
なら、それを見事に果たしてみせようではないか。




