320話 おねがい
「……にゃあ……」
リットにつつかれて、猫が小さく鳴いた。
弱々しい。
「これが猫……」
とても興味津々だ。
とはいえ……
「何度もつつかない方がいい」
「?」
「この子は弱っているみたいだからな」
「元気がないっすね」
リットに振り回されて疲労困憊だったヒカリは、いつの間にか回復した様子で一緒に猫を見た。
「ふむ」
そっと猫に触れた。
猫は逃げる様子はない。
というよりは、逃げる体力も残っていないのだろう。
ここにやってくるので精一杯、という感じか。
怪我は……ない。
病気を抱えているかどうか、さすがにそれは詳しく検査をしないとわからないが……
見た感じ、苦しそうにしている様子はない。
単純に、先のヒカリのように疲労困憊。
というよりは、体力がなくて動けない。
それと、けっこう痩せていた。
「もしかしたら腹が減っているのかもしれないな」
「空腹?」
「ああ、そうだ。一食二食抜いただけで、ここまで痩せることはないだろう」
「んー……なら、これ食べるっすかね?」
ヒカリは、ポケットから携帯用の非常食を取り出した。
「栄養満点、味もよし! けっこう重宝しているものっす」
「そのようなものがいつの間に」
「この前、シロちゃん王女が開発してくれたっす」
ここ最近、シロ王女の活躍はすさまじいな。
このまま成長すれば、国で一番の発明家になるかもしれない。
「そうだ。せっかくだから、リットっちがあげてみるっすか?」
名案という感じで、ヒカリは非常食をリットに渡した。
「私が?」
「そうそう。こう、鼻先に差し出す感じっす」
「こう?」
言われたまま、リットは猫の鼻先に非常食を差し出した。
野生だから警戒心が強いらしく、猫はすぐに近づいてこない。
ただ、空腹には逆らえない様子で、じっと非常食を見つめていた。
「「「……」」」
妙な緊張。
ややあって、猫はぱくりと非常食を食べた。
「……ぁ……」
リットの小さな驚きの声。
非常食を持つ手が揺れてしまうが、落とすことはない。
正確に言うと、落とすことができない、という感じか?
さきほどまでの警戒はどこへやら、猫は非常食を夢中で食べていた。
だから、リットもしっかりと持たざるをえない。
「この子、腹が減ってたっすかねー?」
「かもしれないな」
「……空腹?」
「ここまで勢いよく食べるとなると、そうかもしれないな」
よく見ると体が小さい。
生まれて間もないというわけではないが、まだ親の庇護が必要なはず。
ただ……
周囲の気配を探るものの、親猫らしき気配はいない。
なにかしらのアクシデントで離れてしまって、といったところか。
「……この子」
リットは、非常食を食べ終えた猫を抱いた。
猫はリットをいい人と認識したらしく、甘えている。
リットは困っている……?
でも、それだけではないようで。
気のせいかもしれないけど。
どことなく嬉しそうに見えた。
「リットっち、その子、飼うっすか?」
「飼う?」
「えっと……面倒を見て、世話するか、っていうことっす」
「……飼いたい」
リットが猫を優しく抱いた。
その状態で、じっとこちらを見る。
「いい?」
「えっと……」
迷う。
リットは監視対象であり、勝手な行動をされるのは困る。
とはいえ、ブリジット王女と同じ顔、同じ声でお願いをされては断りづらいというか……
「……ちゃんと面倒を見ること」
「うん」
結局、許可を出した。
猫の世話をすれば、リットになにかしらの変化が起きるかもしれない。
そうすれば新しい情報を得られるかもしれない。
ただ、それだけではなくて……
リットは母親のように優しく猫を抱いていて。
そんな彼女から猫を取り上げるのは、さすがにひどいことのように思えた。
さて……
これからどうなるか?




