318話 ズレている
「んー……」
パルフェ王女は、なにやら微妙な表情を浮かべていた。
検査の結果はもう出ているはず。
もしや、なにかよくない結果が……?
「……あっ、ごめんごめん。なんか心配させたかな? 執事君が心配するようなことはなにもないぜ」
「そう……なのですか?」
「そうそう。リット君は、なにも問題のない健康児。虫歯の一本もないね」
「そうですか」
ほっとした。
……うん?
なぜ、俺は今ほっとしたのだろう?
リットと出会って数日。
そもそも、ブリジット王女そっくりの偽物であり、警戒すべき相手。
必要以上に気にかける必要はない。
心配する必要もないのだが……
「ただ」
「……ただ?」
「なんていうか、うーん……」
パルフェ王女は言葉に迷う。
いや。
うまく説明できる言葉が見つからない様子だ。
検査結果でなにかひっかかるものがあったのだろうか?
「なにか気になるものが?」
「そう、だねぇ……あるっちゃあるんだけど、どういうものなのか判断しづらくて」
パルフェ王女がここまで迷うのは、なかなかないことでは?
いったい、なにがパルフェ王女を悩ませているのだろう。
「……ここだけの話にしてくれるかい?」
「かしこまりました」
リットにも秘密の話らしい。
念の為という感じで別室へ。
「リット君のことだけど、ちょっと妙な感じでね」
「と、いうと?」
「なんとも言葉にしづらいんだけど……そう。ズレているんだ」
パルフェ王女自身、うまく情報を整理できていない様子だ。
少しずつ言葉を紡ぎながら、整理しつつ話をする。
「繰り返しになるけど、あの子はまったくの健康体だ。問題なし」
「その言い方は、他に問題が?」
「そうだね……なんていうか、こう、普通の人ならあるはずのものがないというか。そんな感じだね」
「それは……?」
「すまないね。ボクも、まだ全てを解明したわけじゃなくてね。よくわからないことの方が多い。ただ……」
珍しく神妙な顔をしつつ、続きを言う。
「リット君は、どこか歪だ」
「歪……ですか」
「たとえば、シロが作る魔道具。とても小さな部品だとしても、一つでも欠けていたらまともに動作しない。それと一緒で、とても小さなものが色々と欠けているように見えるんだけど、リット君は健康体。そんな感じかな?」
「ふむ……」
なんとなくだけどパルフェ王女の言いたいことを理解した。
人間として不完全、ということだろう。
とはいえ、健康には問題はないという。
素人の俺が見ても、病気や怪我をしている様子はない。
感情は希薄だが……
特殊な生い立ちだとしたら、それは納得だ。
「……結局、わからないことがわかった、というだけですね」
「それは大事だぜい?」
パルフェ王女は不敵に笑う。
「わからないことがわかった。なら、次はどこがわからないのか? なぜわからないのか? わかることを妨げている要因は? そうやって考えを進めていくことで、いつか答えに辿りつくからね。研究っていうのは、トライアンドエラーさ」
「なるほど」
さすが。
パルフェ王女らしい考えだ。
失礼かもしれないが……
王女というよりは、生粋の研究者なのだろう。
知らないものがあれば知りたい。
全ての知識が欲しい。
そのための努力は惜しまない。
「とりあえず、現状で言えることはこんなことかな?」
「ありがとうございました」
「データはとったから、ちょこちょこ解析を進めておくよ。なにか進展があったら連絡する」
「よろしくお願いします」
リットの身体検査は終わり。
健康体ということはわかったけど……
基本的なこと。
いったい誰なのか?
どういう人なのか?
その点についてはなにもわからないまま。
わからないということがわかった。
とはいえ、パルフェ王女が言うように、それもまた一つの成果だ。
焦らず。
しかし確実に。
じっくりと調査を進めていこう。




