314話 二人の王女
翌朝。
ブリジット王女の私室の前に移動して、扉をノックした。
「はい、どうぞ」
「失礼します」
返事を待ち、中へ。
その先で待っていた光景は……
「どうどう、アルム君? けっこう可愛い感じにできたと思わない?」
「……」
ブリジット王女の手でメイクなどをされた偽物がいた。
服はブリジット王女のもの。
サイズもぴったりだったらしく、問題なさそうだ。
軽く化粧をして。
それから髪を整えていた。
ブリジット王女はまっすぐ下ろしているのに対して、偽物は、長い髪を左右でまとめている。
髪をまとめるのはリボン。
いわゆるツインテールというやつだ。
幼い感じを受ける髪型ではあるが……
偽物の雰囲気とマッチしているため、似合うと言わざるをえない。
「髪型を変えるだけでも、ガラリと雰囲気が変わりますね。これなら、よく似た別人に見えなくもありません」
「ふっふっふ。まさにそれが狙いなんだよ」
「本当ですか?」
「本当は、あれこれ髪をいじっていたから可愛い! ってなっただけかな」
てへ、と笑うブリジット王女。
可愛いからやめてください。
「ただ……」
よく似た別人に見える。
しかし、似ていることに変わりはなく、このままだと混乱が起きるだろう。
「そのままじっとしているように」
「……」
偽物はこくりと頷いた。
おとなしく、聞き分けもいいな。
本当に、いったいどこの誰なのだろう……?
疑問に思いつつも、まずはやるべきことをやる。
手の平に魔力を集中。
魔法の構造式を構築して、そっと偽物の髪を撫でた。
触れた部分から色が変わり、夜空のような黒になる。
「念の為、魔法で髪の色を変えておきました。ここまですれば、よほどのことがない限り、ブリジット王女の偽物とは気づかれないでしょう。混乱も起きることはないかと」
「……」
「どうかされましたか?」
「魔法で髪の色を変えるとか、アルム君、器用なことをするね……私、そんな魔法、初めて見たよ」
「執事の嗜みです」
時に、執事は主の身だしなみを整えることがある。
普通は専門の者がやるが、急な対応を迫られる時もあり、そういう時のために技術は学んでおいた。
ガラッと印象を変える必要もあるため、こういった魔法を覚えたわけだ。
「出た。アルム君の執事としての嗜み」
なぜ、苦笑されているのだろう……?
「アルム君のおかげで、見た目は完璧かな?」
「ちなみに、偽物についての話はどこまで?」
「お父様とシロちゃんとパルフェ。あと、一部の人で、他の人には秘密にしているよ。この子の記憶を探すには、たくさんの人に事情を説明した方がいいんだけど……今はまだ、混乱が起きるかもしれないからね」
「その方がよろしいかと」
「あとは……うん。ちゃんと名前をつけてあげないとね」
「名前……?」
偽物が小首を傾げた。
「そう。名前」
「……」
「あなたの名前だよ。仮のものになっちゃうけど、ないと不便でしょう?」
「……わからない」
「大丈夫。可愛い名前をつけてあげるから」
ブリジット王女はマイペースに話を進めていく。
……ふと思う。
こうして二人を見ていると、なんだか姉妹のようだ。
姉は元気で明るい。
妹は物静か。
二人一緒にいるところは、なかなか絵になるような気がした。
「……待て」
なにを考えている、俺は?
今のところ、偽物に心を許していい理由なんてない。
危険を感じるところはないが……
それは今だけかもしれない。
この先、突如、豹変して牙を剥いてくるかもしれない。
ブリジット王女そっくりの偽物、という時点で警戒するのは十分。
ありとあらゆる可能性を考えて、いつでもどんな時でも対処できるようにしなくては。
……そうしなくてはいけないのに、なぜか、偽物に対して強い敵意を持つことができない。
なぜだ?
「んー……そうだ!」
名案という感じで、ブリジット王女は笑顔を見せた。
「リット、なんてどうかな?」
「……リット?」
偽物が小首を傾げた。
「そう、リット。私、昔そんな愛称で呼ばれていたことがあるんだ。で、あなたは私にそっくりだから、リット。どうかな?」
「……」
偽物の反応は薄い。
喜ぶわけでも拒否反応を示すわけでもなく、じっと考えている。
「それは……私の名前?」
「まだ決まり、っていうわけじゃないよ。あなたの意見を聞きたいの」
「……私の……」
「どう?」
「……」
偽物は、意見を求められて困っている様子だった。
……自分で考えることができない?
子供……いや。
それ以前のような存在で。
精神的に未熟とか、そういう問題ではなくて。
『心が作られていない』と感じた。
「……うん」
ややあって、偽物は小さく頷いた。
それでいい、ということなのだろう。
「よし! 決まりだね。今日から、あなたはリットだよ」
ブリジット王女は偽物の態度を気にした様子はなく、笑顔を見せるのだった。
その笑顔は、俺を拾ってくれた時に見せたものと同じで……
そうせざるをえない人。
改めてブリジット王女の人柄を感じて、俺は苦笑するしかないのだった。




