312話 月夜の邂逅
いつからそこにいたのか?
気がつけば、中庭の中央に偽物の姿があった。
ブリジット王女とヒカリの会話に耳を傾けつつも、いつ偽物が現れてもいいように探知は欠かさずに行っていた。
それでも察知することができない。
「……」
偽物は無表情で、ぼーっとした様子で中庭に立っている。
いつものブリジット王女の普段着。
いくらかアクセサリーはつけているものの、派手ではなくて、品位が保たれている。
「……やっぱり、そっくりっすね」
「……ああ」
小声で応えた。
偽物はブリジット王女にそっくりだ。
表情、放つ気配はまったくの別人だけど……
しかし、顔の作りや背丈、体型などはまったく同じに見える。
測ることができたのなら、たぶん、一致するのではないか?
それくらいにそっくりだった。
「……」
偽物が俺達に気づいた様子はない。
かといって、なにかをする素振りも見せない。
ふらふらと。
ふわふわと。
海を漂うクラゲのように、ぼーっとしていた。
敵意は感じられない。
害意も感じられない。
ただ、それは一時的なものかもしれない。
これから先、どうなるかわからないし……
もっと言えば、俺達が姿を見せると、途端に豹変するかもしれない。
……セラフィーからの報告を聞く限り、その可能性は低いが。
さて……どうするか?
当初は捕獲を考えていたが、実際に目にすると……
『あれは無理だ』
なぜか、そのようなことを思う。
力で敵わない、とかではなくて。
足で敵わない、とかではなくて。
うまく言葉にできないが、本能が……今までに積み重ねてきた経験が、あの偽物を捕まえることはとても難しいと告げていた。
とはいえ、諦めるつもりはない。
まずは接触を図り、それから行動を……
「アルム君」
ふと、ブリジット王女が真面目な表情で言う。
「わがままなんだけど……まずは、私に任せてくれないかな?」
「え」
「無茶を言っている、っていう自覚はあるよ。危ないかもしれない、っていうアルム君の心配もわかる。でも……」
ブリジット王女は偽物を見る。
その視線はどこか優しく、心配そうだ。
「なんだか、あの子のことが気になって……」
ブリジット王女の執事ならば、断じて容認するべきではないのだが……
「わかりました」
あまりにも真面目な顔をしていたため、ついつい了承してしまう。
心配だからと安全な場所に押し込めるのではなくて。
できる範囲で主の望みを叶える……それもまた、執事の仕事だ。
「ただ、一人で行動することは許可できません」
「うん、それはわかっているよ。アルム君、ヒカリちゃん、ついてきてくれる?」
「はい」
「うっす」
俺とヒカリはそれぞれ頷いて、ブリジット王女の後ろに立つ。
それを確認したブリジット王女は、ゆっくりと前に出た。
「……」
偽物がこちらに気づいて振り返る。
ただ、敵意は感じられない。
ぼーっと、こちらを見るだけ。
「こんにちは」
ブリジット王女は笑顔で話しかけた。
ただ、偽物は反応がない。
それでも気にすることなく、声をかけ続ける。
「今夜はいい夜だね」
「……」
「あなたは散歩? 私達も……まあ、似たようなものかな」
「……」
「よかったら一緒に散歩をしない? 月夜を楽しんで、それからちょっとおしゃべりをして。あと、夜のおやつを食べてもいいかもしれないね。あまり食べたら大変なことになっちゃうから、少しだけ」
「……」
返事はない。
ただ、話は聞いているらしく、偽物の視線はブリジット王女に向いていた。
「聞いてもいいかな?」
「……」
「あなたの……名前は?」
「……私は」
初めて偽物が口を開いた。
少しの沈黙。
そして……
「私は……誰?」




