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309話 ひぃん

「……というのが、セラフィーからの報告になります」

「ひぃん」


 昼。

 ブリジット王女の執務室で報告をすると、なにやら情けない声が返ってきた。


 ブリジット王女は小さく震えていた。

 顔色がちょっと青い。


「もしかして、体調が優れないのですか?」


 だとしたら、一生の不覚。

 執事たるもの、主の体調管理はもちろん、栄養管理や血圧のチェック。

 体重も適正に保つようにしなければならない。


 ……体重の管理は、「絶対に嫌!」と断られてしまったが。


「う、ううん。元気だよ? 病気っていうことはないから、安心して」

「本当でしょうか? ブリジット王女の言葉を疑いたくはないのですが、なかなか無理をする傾向にあるため……」

「それ、アルム君には言われたくないかな」

「む」


 なぜだ?


「本当に元気だから心配しないで」

「わかりました」

「ただ……」


 ブリジット王女は言いにくそうだ。

 少し恥ずかしそうにも見える。


「その報告を聞いて、ちょっと思ったんだけど……」

「はい、なんでしょう?」

「……もしかしたら、幽霊……っていうことは?」

「ありえるでしょう」

「やっぱりぃいいいいい!!!」


 悲鳴。

 そして、青い顔がさらに青くなった。


「どうかされましたか?」

「うぅ……私、そういう話はダメなんだよね」

「そういう……幽霊などの怪談ですか?」

「うん……」


 意外な話だった。


 ブリジット王女は、わりとなんでもできる完璧な人と思っていたが……

 そうでもないらしい。


「失望した……?」

「まさか」


 失望なんてするわけがない。

 むしろ、可愛らしい弱点だと思う。

 ブリジット王女も、普通の女性らしいところがあって、親しみすら覚えた。


「笑うつもりはありませんが、とても可愛らしいかと」

「かっ……!?」


 今度は赤くなる。


「……アルム君は、そういうところがずるいよね」


 どういうところだろう?


「まあ、そろそろ真面目な話をしないとだね。幽霊……か」

「断定はできません。ただ、セラフィーの報告を聞く限り、その可能性は高いかと」


 前触れなく、忽然と消えた。

 後で調査をしたものの、魔法や魔法具の使用の痕跡は残っていなかった。


 もっとも、感知できなかっただけ、という可能性もあるため、断言はできないが。


「……アルム君はどう思う?」

「幽霊の可能性も捨てきれませんが……ただ、個人的には低いと思っています」


 似た魔物が存在する。

 なので、幽霊が存在してもおかしくはないと思う。


 ただ、世間一般で聞く幽霊とは、どうも違うような気がした。


 なにかしらの未練を残した存在……幽霊。

 ただ、城内でそのような事件事故の話は聞いたことがない。


 歴史を遡ってみたものの、この王城で。

 城下町を含めても、幽霊が出るという話はない。


 悲惨な事件事故は、過去まで遡ればいくつもあるが……

 きちんと供養をして。

 その後、なにもないため、やはり幽霊の説は薄い気がした。


 そもそも、幽霊がブリジット王女とそっくりなのがおかしい。


「魔法や魔法具が、なにかしらの理由で誤作用しているか。あるいは……」

「第三者の行いによるもの?」

「その可能性が一番高いと思っています」


 目的は未だ不明で、なかなか予想もできないのだけど……


 ブリジット王女の偽物を作り出して、フラウハイム王国を混乱に陥れる。

 それが一番わかりやすく、納得できる話だった。


 王国は他国と敵対はしていないものの……

 疎ましく思う国はいるだろう。

 それに、ベルカの件も解決していない。

 敵はたくさんいた。


「うーん、どうしたらいいのかな……?」

「引き続き調査を進めて、情報を集めましょう。それと、偽物が破壊工作を行うなど、万が一の場合に備えておくことも大事かと」

「現状、それしかできないか」

「……ふっふっふ」


 どこからともなく不敵な声が聞こえてきた。


「話は聞かせてもらったよ!」

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