31話 168時間
「ねえねえ、アルム君♪」
「なんですか?」
「海とかどう思う?」
「海ですか? 小さい頃に何度か行ったことありますが、いいですよね」
「だよね、だよね? 灼けるように熱い砂浜、キラキラと輝く太陽、押し寄せては返していくさざ波。うんうん、海は最高だよね♪」
「そうですね」
「じゃあ、今から海にレッツゴー!」
「ダメです」
即答だ。
「なんで!?」
「なんでもなにも……まずは、その仕事を片付けてください」
ブリジット王女の執務机の上に大量の書類が積み重ねられていた。
本人の姿が見えないほどの量だ。
これは全部、帝国と戦ったことの後処理だ。
先の事件は、互いに表沙汰にしない方がいい。
ただ、そのために色々と密約を交わして、交渉を重ねて……
結果、ブリジット王女の仕事量がいつもの百倍くらいになっていた。
「ひーん、片付けても片付けても減らないよぉ……」
「これ、追加です」
ドサッと、書類の山を築いた。
「鬼! 悪魔! こんなに私を苦しめて、アルム君は酷いよ!」
「えっと……申しわけないとは思いますが、しかし、最終確認はブリジット王女にしていただくしか……」
「はぁ……うん、わかっているよ。ごめんね。ついつい泣き言をこぼしちゃった」
「いえ、気持ちはわかります」
文字通り、山のような書類を前にしたら泣き言の一つや二つ、こぼしたくなるだろう。
俺だってうんざりしてしまう。
俺も、もちろん手伝っている。
しかし、あまりに量が多すぎて作業が追いついていないのが現状だ。
「俺も最大限手伝うので、がんばってください」
「終わったら、ご褒美くれる?」
「なにがいいですか?」
「んー……美味しいスイーツでも食べに行こうか♪」
「了解です」
「よーし、やる気出てきたー! がんばるぞ!」
――――――――――
夜。
ブリジット王女を私室に送り届けて、部屋を出る。
「すぐに寝ていたな……やっぱり、相当疲れているんだろう」
リシテアのあほな侵略に巻き込まれて。
その後処理で、いつもの百倍の仕事に追われて。
ブリジット王女はとても優秀だけど、さすがに限界がある。
この調子だと、仕事が終わるまで一ヶ月はかかってしまうだろう。
「よし、俺もがんばるか」
――――――――――
一週間後。
「やっ………………と終わったぁあああああ!!!」
最後の書類を片付けて、ブリジット王女は両手を上げた。
それからガッツポーズ。
うしうし! と何度も叫んでいる。
「お疲れさまです」
「あー、ありがとう!」
紅茶を淹れると、ブリジット王女は笑顔で口をつけた。
「はふぅ……アルム君の淹れたお茶、めっちゃおいしい。染み渡るぅ~」
「ちょっとおじさん臭いですよ?」
「めっ。そういうことは、思っていても言わないの」
「すみません、つい本音が」
「王女に対する敬意!?」
「欲しいですか?」
「ううん、別に? アルム君がいれば、それでいいかな。ふぅ……でも、終わってよかったぁ、ホント疲れたぁ」
ブリジット王女は椅子に座ったまま、ぐぐっと上半身を伸ばした。
よほど疲れが溜まっているらしく、表情にも疲れがにじみ出ている。
「アルム君もおつかれさま。今回も色々と手伝ってくれて、ありがとう♪」
「いえ、それが俺の仕事ですから」
「それにしても……」
ふと、ブリジット王女が怪訝そうな顔に。
「なんだろ? 途中から仕事がものすごくやりやすくなったんだよね。アルム君がいつもすごく丁寧にわかりやすくまとめてくれているんだけど、それ以上にわかりやすかったというか……なんだろ、あれ?」
「ああ、それは俺がやりました」
「え、アルム君が?」
「このままだと一月くらいかかりそうだったので、今まで以上に書類を精査して、より細かく要点をまとめておきました」
「おー、だからあんなにもわかりやすくて、仕事が捗ったんだ。ありがとう、アルム君」
「いえ、ブリジット王女の専属として当たり前のことをしただけです」
あれ? と、ブリジット王女が不思議そうに小首を傾げた。
「今まで以上に時間をかけた、っていうことだけど、そんな時間あったっけ? 私もアルム君も、朝早くから夜遅くまで作業をしていたよね?」
「はい。なので、寝る時間を削りました」
「そこまでしてくれたんだ……あーもう、本当にありがとう。でも、どれくらい睡眠時間を削ったの?」
「全部です」
「……はい?」
ぽかんと、妙な顔をされてしまう。
はて?
俺はそこまでおかしなことを言っただろうか?
「え、え。待って待って? それじゃあアルム君は、徹夜までしていたの?」
「はい、そうですね。それくらいしないと終わらなかったので」
「うわぁ、マジか。マジかよ……徹夜させていたなんて……」
「正確に言うと、七徹ですね」
「七徹ぅ!?」
仕事終わりとは思えないほど大きな声が出たぞ。
「七徹って……1週間、ずっと全部仕事をしていたの?」
「さすがにトイレは行っていましたよ」
「……ご飯は?」
「食べながら仕事をしていましたね」
「それを1週間?」
「そうですね」
「168時間?」
「はい」
「マジ?」
「マジです」
ブリジット王女はあんぐりと口を開けて……
それから、ものすごい勢いで頭を下げてきた。
「ごめんなさいっ!」
「え? ど、どうしたんですか?」
「私のせいで、アルム君にそんな負担をかけちゃっていたなんて……ああもう、本当に自分が情けない。せめて気づけよ、私」
「気にしないください。執事は主のために働くことが当たり前なのです。それに、七徹は執事にとって大したことありませんので」
「いやいやいや、思い切り大したことあるからね? ブラック国家……というか、それを超えてダークマター国家だよ、もう」
ふむ?
ブリジット王女がそこまで慌てて、申しわけなさそうにする理由がわからない。
帝国にいた頃は、徹夜なんて日常茶飯事。
七徹もほどほどにあり、最大、十四徹というのもあった。
リシテア曰く、
「あたしのために働くことができるんだから光栄に思いなさい! 働く時間=楽しい、っていうことになるんだから、嬉しいでしょ? 嬉しいって言いなさいよ、ねえ」
ということ。
「あんのクソガキ……」
ブリジット王女が今まで見たことのない恐ろしい顔に。
「まあ、帝国にいた頃の影響もありますけど、それだけではなくて、俺自身が望んでしたことですから」
執事は主に尽くすのが当たり前のこと。
そして俺は、それに生きがいを感じている。
相手がブリジット王女なら尚更だ。
「その気持ちは本当に嬉しいんだけど、もうちょっと自分を大事にしよ? いくらなんでも倒れちゃうよ?」
「大丈夫です。これくらいで倒れるような軟弱者ではありません。執事なればこそ、これくらいは成し遂げて当然です」
「どうしよう。アルム君の中の執事の基準がおかしすぎる。いや、前々からおかしいとは思っていたけどね? まさか、ここまでとは……」
あれ?
なんだろう。
仕事が無事に終わり、気が抜けたのだろうか?
一気に体が重くなってきた。
ブリジット王女の声が遠い。
「あれ? アルム君?」
ブリジット王女が心配そうにこちらを見る。
でも、その顔がかすんでいく。
いけない。
主に心配をかけるわけにはいかない。
すぐに笑顔を……
「アルム君!?」
抗えないほどの強烈な睡魔がやってきて、俺の意識はそこで途切れた。
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