294話 生きていた、それだけを
「いいじゃないか、細かいことは気にしないでいいさ」
「……」
それは、パルフェ王女なりの励ましの言葉なのだろう。
気にしなくていい。
考えなくていい。
今は、体を休めることだけを考えよう。
……たぶん、そのような感じ。
ただ、俺は不敬にも、小さな苛立ちを覚えてしまった。
俺は、俺の考えがある。
俺だけの悩みがある。
たまにいるだろう。
深刻な悩みを抱えた人が、必死な想いで人に打ち明けて……
すると、そんなくだらないことで悩むな、と励ますという、そんな展開。
あれで、私はなんてちっぽけなことで悩んでいたんだ、と解決する人もいるらしいが……
正直、俺には信じられない話だ。
その人にとって、他の人からはちっぽけに見えるかもしれないけど、しかし、とてつもなく重い悩みなのだ。
それを小さなものと断じられたくない。
あなたの尺度で勝手に測らないでほしい。
……そんな、八つ当たりのような苛立ち。
ただ。
その感情は、すぐに違うものになる。
「いいじゃないか、素直に喜べば」
「え?」
「詳しい事情はわからないし、まあ、とても厄介そうだけどね。これからのことを考えると、なかなかに頭が痛くなるだろう。でも、生きていたんじゃないか」
「……」
「生き別れになっていた姉が生きていた……まずは、それだけを考えて、喜んでもいいんじゃないかい?」
目から鱗が落ちる想いだった。
そうだ。
まさに、その通りだ。
姉さんが、なぜベルカと行動を共にしているのか、謎は尽きないけど……
でも、そこは、今はいい。
情報が圧倒的に足りていないため、考えても答えが出ることはない。
考えるだけ無駄だ。
それよりも、死んだと思っていた姉さんが生きていた。
まずは、そこを喜ぶべきでは?
敵対するかもしれないけど。
でも、姉さんが生きていたことは、素直に嬉しいわけで……
できれば、話をしてみたいわけで……
「……ありがとうございます」
「お、なんだかいい顔になったね」
「パルフェ王女のおかげです」
姉さんが生きていた。
今は、それだけを考えて……喜ぼう。
――――――――――
数日後。
同盟国を発つ前日。
俺達のために、フェリス様が盛大な宴を開いてくれた。
もちろん、同盟国として、今回の件で王国に多額の謝礼を始め、様々な面で力になることを約束してくれた。
商業的な面でも、大きく窓口を開いてくれるとのこと。
それで、色々と優遇措置をしてくれるとのこと。
それとは別に。
事件解決の功労者として、王国に帰る前に、盛大な宴を開いて感謝の念を伝えたいとのことだった。
断る理由はないので、素直に受けて……
俺達は、たくさんの料理と酒に囲まれて、贅沢な時間を過ごしていた。
「おおお……おぉ? リセが三人に増えているねぇ……もしかして、そんな特技が? 興味深い、興味深いねえ……解剖していい?」
「ええっと……パルフェ王女? 自分は、さすがに解剖は勘弁してほしいのでありますが……」
「お礼、してくれるんでしょ?」
「うぅ……この人、とても厄介でありますよ!」
パーティー会場の傍らで、パルフェ王女に絡まれたリセが泣いていた。
……パルフェ王女、あまり酒癖はよくないんだな。
意外な事実だ。
俺は、見て見ぬふり。
さすがに、あそこに乱入する度胸はない。
右手に琥珀色の酒が入ったグラスを持ちつつ、会場を軽く散策する。
途中、声をかけられて挨拶をして……
笑顔で場を離れる。
「ふぅ……」
俺達は、一応、国の危機を救った英雄という扱いだ。
故に、たくさんの人に声をかけられる。
いい意味でも悪い意味でも。
ただ、俺は執事。
こうして、前に出ることは慣れていないため、少し疲労を感じてしまう。
やはり執事たるもの、主の後ろに控えておくべきだよな。
こうして前に出ることは、なかなかどうして厳しい。
「アルム君」
声をかけられて振り返ると、
「ライラ様」
今回の事件に関わるきっかけになったとも言える、ライラがいた。




