271話 伝説と呼ばれている魔物
アカネイア同盟国には、伝説と呼ばれている魔物が存在する。
フェンリル。
地上で活動する魔物の最高峰と呼ばれている存在だ。
音よりも速く地上を駆けて。
鋭利な爪と牙は鋼鉄を切り裂いて。
銀色の毛は鉄よりも硬い。
もしも街が襲われたのならば、たったの一頭で壊滅するだろう、と言われている驚異的な存在だ。
とはいえ、実際にそのような事件が起きたことはない。
フェンリルは驚異的な力を持つものの、その性格は温厚で、自分から人間を襲うことはない。
牙を向ける時は刃を向けられた時だけ。
魔物でありながらも魔物らしくない、貴重な存在だ。
「というわけで……そのフェンリルをテイムしに行くぜ!」
迷彩服やリュックなど、探索装備に身を包んだパルフェ王女が元気よく言う。
その後ろで、俺とリセはため息をこぼす。
「どうして、このようなことに……」
「潜入の可能性を少しでも上げるため、より良い魔物を……フェンリルをテイムする必要があると、そうパルフェ王女がおっしゃったからでありますね……」
「作戦の前に、王女が最前線に……」
「王女でなければテイムは不可能ということなので、もう仕方ないかと……」
ついでに言うと、護衛は俺とリセの二人だけ。
本当はたくさんの騎士に同行願いたいのだけど……
それではフェンリルを警戒させてしまうと、パルフェ王女が譲ってくれなかった。
結果、護衛は俺達二人だけ。
……胃が痛い。
「まあ、こうなってしまってはもう仕方ない……本番の前の演習と思い、がんばりましょう」
「ええ、そうでありますね」
「おーい、二人共ー! なにのんびりしているんだい? 早く行くよ」
「はい、ただいま」
俺達は、どこか楽しそうにするパルフェ王女の後をついていった。
――――――――――
やってきた場所は、アカネイア同盟国の南にある森林地帯。
抱負な木材資源を確保できる場所なのだけど、同時にいくつもの危険が潜んでいる。
獣は魔物はもちろん……
一番の問題は、天然の迷路となっているところだ。
地図を持っていないと確実に迷うらしい。
その地図も、植物の成長が異様に早いらしく、一月毎の更新が必要になるのだとか。
「このような場所にフェンリルが……天然の要塞ですから、そこで守りを固めているのでしょうか?」
「んー……ボクの考えはちょっと違うかな? フェンリルは、魔物にしては温厚で争いを好まない。だから、余計な争いを避けるために、わざわざこんなところに隠れているんじゃないかな?」
「なるほど」
納得の理由だった。
それにしても、パルフェ王女は魔物の生態に詳しいな。
そういう研究をしているのだから当然かもしれないが……
ここまでの知識を得るには、普通の努力では無理だろう。
俺が想像できないような勉強と研究を重ねてきたはず。
……パルフェ王女は、なぜ、そこまで魔物の研究に熱心なのだろう?
ふと、そんな疑問を抱く。
楽しいとか。
興味深いとか。
そういう理由は聞いてきたのだけど……
なぜ魔物の研究を始めて、今に至るまで続けているのか?
その根源的な理由を聞いたことはない。
「質問をよろしいでありますか?」
ふと、リセが口を開いた。
その視線はパルフェ王女に向けられている。
「ん? なんだい?」
「このような発言は失礼であると、それは承知しているのありますが……」
「いいよ、いいよ。ボクは、そんな狭量なつもりはないからね。大抵のことは笑って済ませられると思うぜい」
「では……パルフェ王女は、あのフェンリルをテイムすることができるのですか?」
ともすれば、その質問はパルフェ王女の力量を疑うものだ。
侮辱と取られても仕方ない。
ただ、パルフェ王女は怒ることなく。
逆に、楽しそうに笑う。
「うんうん、もっともな質問だ。そういう疑問を持ち、きちんと言葉にすることは大事だねえ」
「失礼は承知でありますが、自分には、あのフェンリルをテイムできるとは……あ、いえ。パルフェ王女に限らず、そのようなことをできる人を知らない故」
「ま、伝説の魔物とか言われているからねー。物語なんかだと味方になってくれたりもするけど、実際にテイムしたっていう記録は、今のところないね。ボクが初めてになるのかな?」
「なんという自信……絶対に成功すると、そう確信しているのでありますね? さすがでありますよ」
「いや? あまり成功する自信はないかな」
「え?」
「ぶっちゃけ、成功率は10パーセントもあればいい方かな」
パルフェ王女は、なんてことのないように、あっさりとそう言うのだった。
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