258話 秘密のデート
今日は久しぶりの休日だ。
普段なら予定はないのだけど……
今日は違う。
城下町に出て、噴水の前に。
そこで空を見つつ、のんびりと待つ。
「アルム君!」
ややあって、ブリジット王女が現れた。
変装をしているため、彼女と気づく人は今のところいない。
「ご、ごめんっ……遅れちゃった……!」
「気にしていません。それよりも、どうぞ」
こんなこともあろうかと、持ち歩いていた水筒を差し出した。
ブリジット王女は水筒を受け取り、中身を飲むと、落ち着いたようだ。
「ふぅ……ありがとう、アルム君。お城の外でも、アルム君にお世話されっぱなしだね」
「それが私のやるべきことですから」
「こーら。そうじゃないでしょ?」
「……俺がしたいことなので」
今日はデートだ。
だからなのか、ブリジット王女は、俺に対して執事ではなくて恋人らしく振る舞うことを求めている。
恋人らしく、と言われても首を傾げるしかない。
物語や舞台を参考にしているのだけど、これでいいのだろうか……?
「アルム君、今日はどこに行こうか? 行きたいところはある?」
あらかじめ予定を決めるのではなくて、その場その場のノリで行動したい。
……なんて言われたため、今日のデートはノープランだ。
日々、公務でスケジュールがぎっしり詰められているからこそ、たまの休日はなにも考えず自由に過ごしたいのかもしれない。
「行きたいところ……」
ないと言うのは簡単だ。
しかし、それはブリジット王女にデートプランを任せるということ。
それは、男としてあまりに情けない。
いや。
全てを俺に任せろ、なんて強気なことを言うつもりはないが……
こういうことは、互いにアイディアを出してこそ、ではないかと思う。
「河川敷の散歩をしてみたいと思います」
「河川敷?」
「治水工事をしていたところがありましたよね? そこは花も植えられたらしく、いい散歩コースになっているみたいですよ」
「わぁ、いいねいいね♪ そういうの、私は大好き」
決まりのようだ。
「ブリジット王女は、どこか行きたいところは?」
「えっと……」
なぜか気まずそうな顔に。
「……」
「えっと……?」
ぼそりとつぶやいたものの、声が小さくて聞き取れない。
「すみません。もう一度、お願いします」
「だから……フェ」
「すみません」
「……最近、新しくオープンしたカフェ。ケーキが美味しいらしいの」
「……なるほど」
「あーこの食いしん坊め! っていう顔をしているよね!? そういう顔だよね!?」
「いえ、そのようなことは決して」
とてもらしい、と思ってはいるが。
「むぅ……最近のアルム君、なんかちょっと意地悪になっていない?」
「そのようなことは」
もしかしたら、ブリジット王女の言う通りなのかもしれないのだが……
それは、それだけ彼女に心を許しているということ。
親しくありたいと願い、近づいている証。
なので、許してほしい。
「まあ、いっか。じゃあ、お散歩をして、それからカフェに行こうか」
「はい」
「えっと……それじゃあ、その……」
ブリジット王女は顔を赤くした。
そのまま、ちらちらと俺の手を見る。
求めているものはすぐに理解できたけれど……
なんていうか、こう。
そのような愛らしい仕草、表情は止めてほしい。
どうにかなってしまいそうだ。
「ブリジット王女、手をよろしいですか?」
「もちろん♪」
にこにこ笑顔のブリジット王女の手を取り……
俺達は、一組のなんてことのない男女としてデートに繰り出すのだった。