248話 いつまでもそのままで
「「「……」」」
エルトシャン王子を殴り飛ばすと、兵士達が一斉に動きを止めて、沈黙した。
どうする? という感じで互いに顔を見合わせている。
いい感じに動揺が広がっているようだ。
「そいつのようになりたいか?」
兵士達がびくりと震えた。
「なりたくないのなら、そいつを連れてすぐに消えろ。あくまでも戦うというのならば……容赦はしない」
「「「ひっ……!?」」」
将を折られてしまっては、兵士が戦うことはできない。
兵士達の間に生まれた動揺は一気に大きなものとなり、心を揺らして、戦意を削る。
慌てた様子でエルトシャン王子を担いで、逃げ出していった。
「……ふぅ」
よかった。
敵将狙いの戦い方だったけれど、うまくいったようだ。
「お兄ちゃん!」
「シロ王女、ご無事ですか? 怪我は?」
「シロは大丈夫だよ。でも、でも……うぅ、お兄ちゃんが……」
あれだけの数の兵士と戦い、さすがに無傷というのは難しい。
執事服は破れ、あちらこちらから血が流れていた。
そんな俺を見て、シロ王女は涙目だ。
自分のせいでアルムが傷ついた。
死んでしまったわけではないし、立ち、普通に話しているところを見ると重傷でもないのだろう。
それでも、血を流しているところを見たら、平静ではいられない。
自身の責を疑う。
「問題ありません」
涙目のシロ王女に、アルムは優しい笑顔を見せた。
笑顔は少し苦手だ。
執事として、常に冷静であるように努めてきたため、感情を抑えることに慣れすぎているせいだ。
ただ、今はそうするべきと判断して、アルムは笑顔を浮かべている。
「派手に見えるかもしれませんが、どれも軽傷です。大したことはありません」
「でも……痛いよね?」
アルムは驚きに目を大きくした。
アルムは嘘を吐いていない。
確かに軽傷だ。
しかし、軽視していいわけではない。
無数の傷は、神経を引っ掻いているかのような痛みを与えてくる。
一つ一つの傷は小さくても、数が多いため、総合的な出血も多い。
そういう辛さを抱えていることを、シロはしっかりと見抜いていた。
まだ幼い。
しかし、なんだかんだ、賢い王女なのだ。
「本当に大丈夫です」
「でもでも……!」
「問題ありません」
「……」
「本当ですよ?」
確かに辛い。
厳しいところはある。
ただ、そこは今、大きく気になることはない。
なによりも、シロを守ることができた。
ならば、それ以上に望むことはあるだろうか?
なにもない。
これでいい。
まったく問題ないのだ。
なればこそ、今は笑顔を浮かべる時なのである。
「シロ王女が無事でよかったです」
「……お兄ちゃん……」
「なので、いきなりで申しわけないのですが、報奨をいただけませんか?」
「ふぇ? えっと……う、うん。それはいいけど、でも、シロは今、なにも持っていないから……」
「大丈夫です。今、シロ王女が提供できるものなので」
「お兄ちゃんは、なにが欲しいの?」
「笑っていただけませんか?」
今度はシロが驚く番だった。
「今回の報奨として、シロ王女の笑顔をいただけると幸いです」
「そんなこと……どうして……」
「シロ王女は、とてもよく笑顔が似合いますから」
「……」
「どうか、笑っていただけませんか?」
「……うん!」
シロはにっこりと笑う。
その笑顔は太陽のように明るく、なによりも輝いていて……
見る者全ての心を元気にするような、そんな魅力にあふれた笑顔だった。