247話 バカな……
「ちっ、しぶとい……全力で叩き潰せ!」
エルトシャンの合図で、兵士達がさらに動きを激しくした。
明かりに群がる虫のようにアルムに殺到して、それぞれが持つ武器を放つ。
一般人なら、なにが起きたかわからないうちに押しつぶされているだろう。
それなりの実力者だとしても、やはり、なにもできず抗うことはできない。
それなのに……
「バカな……」
狭い小屋の中。
背中にシロをかばいつつ。
アルムは、的確に確実に兵士を倒していく。
一人。
また一人と、崩れ落ちていく兵士達。
たった一人を打ち倒すだけなのに、なぜそれができない?
たった一人を相手に、なぜ苦戦する?
エルトシャンは目の前で繰り広げられる光景に頭が追いつかない。
調査の結果では、相手はただの執事のはずだ。
どこにでもいるような、なんてことのない存在。
それなのに、どうしてここまで戦うことができる……?
わからない。
理解できない。
エルトシャンは本能的な恐怖を覚えて、一歩、下がる。
「くそっ……この僕が、このようなこと!」
本能でアルムに恐怖を抱いたこと。
それを恥じるかのように、エルトシャンは顔を赤くした。
そして、兵士から剣を受け取り、自身も突撃する。
「執事ごときが、僕の邪魔をするなぁっ!!!」
将が直接戦うなんて、普通はありえないことだ。
ましてや、エルトシャンは王子。
戦いは兵士に任せて後方で指揮を執ることが正しい。
ただ、エルトシャンはあえて前に出た。
自身の剣の腕に覚えがあるだけではなくて。
王子という立場を利用しようとした。
王子である彼に手を出せば、それこそ開戦は避けられないだろう。
アルムは開戦も辞さないようなことを口にしていたが、エルトシャンは、それをハッタリと決めつけていた。
そこまでの覚悟はないだろう、と。
普通はそこまでしないだろう、と。
故に、あえて前に出た。
アルムは、自分をまともに傷つけることはできない。
手加減せざるをえない。
それを利用して、アルムの動きを鈍らせて……
その間に、兵士達に働いてもらえばいい。
己自身を餌として、撹乱のための囮とする。
……エルトシャンの策は、ある意味で有効だ。
彼が考えているように、普通の者ならば手を出すことを躊躇う。迷う。
開戦の可能性を考えて、必要以上に手を出すことは絶対にしない。
しかし。
アルムの覚悟と決意は、エルトシャンの予想の上を行っていた。
「相手がなんであれ」
「なっ……!?」
突撃したエルトシャンに拳が迫り……
「主に害を成そうとする輩は排除する。それが、執事というものだ!」
「ふがぁあああああ!!!?」
思い切り殴りつけられて。
鼻が折れて、血を撒き散らしつつ。
エルトシャンは盛大に吹き飛んで……
小屋の壁を突き破り、さらに飛んで……
勢いよく地面を転がり、白目を剥いて、ぴくぴくと痙攣しつつ気絶した。