244話 誤算
軽く手を振る。
すると、シロ王女を縛るものが切れていく。
「ふぁ!?」
「シロ王女、俺の後ろに」
「う、うん!」
シロ王女は慌てて起き上がり、俺の後ろに隠れた。
人見知りする子供みたいだ。
ただ……
「……っ……」
俺の執事服を掴む彼女の手は、小さく震えていた。
当たり前だ。
賢く、聡明だとしても、シロ王女はまだ幼い。
それなのに誘拐されて。
拘束されて。
すごく怖かっただろう。
泣きたいくらいだっただろう。
「安心してください。もう大丈夫ですよ」
「……お兄ちゃん……」
「まだ、シロ王女の専属であることは続いていると思っています。故に、あなたのことはなにがあろうと守りましょう」
「うん!」
シロ王女はにっこりと笑う。
うん。
やはり、彼女は笑顔の方がいい。
花が咲くような笑顔は、まわりにいる人をみんな元気にしてくれる。
賢さよりも、この笑顔の方がシロ王女の才覚なのかもしれないな。
「さてと」
エルトシャン王子が前に出た。
護衛の兵士達も武器を抜く。
「それじゃあ、ここで終わりにしようかな」
「それは自分のことか?」
「まさか。どうやら、シロ王女はキミのことをかなり信頼しているようだね? そんなキミを叩き伏せたとなれば……シロ王女は、希望を失う。それに、キミを殺すと言えば、今まで以上に従順になるだろう。ありがとう。キミは、とてもいい餌になるだろう」
そこまで考えていたか。
この男、本当に厄介だ。
とはいえ、こんなところで負けるつもりはない。
「シロ王女、下がっていてください」
「お兄ちゃん……う、うん。がんばってね。負けないでね?」
「もちろんです」
シロ王女が小屋の端に下がる。
エルトシャン王子の真意は不明ではあるが、その目的はシロ王女との婚約にある。
ならば、傷つけることはしないだろう。
この戦いに巻き込まれることはないはず。
「それじゃあ、いくよ?」
「ああ……来い」
エルトシャン王子が剣を抜いて、戦端が開かれた。
――――――――――
「はぁっ!」
エルトシャン王子が剣を振るう。
鋭く、速く。
王子のものとは思えない剣撃だ。
とはいえ、見切れないほどではない。
隠し持っていたナイフを手に取り、それで受け止めた。
「防ぐか……やるね」
「どうも」
「ただ、抵抗はオススメしないよ? さきほども言ったけど、ここはヘイムダル法国内だ。そして、キミは勝手に足を踏み入れた侵入者。さて、非はどちらにあるだろう?」
外交問題にするぞ、と脅しているのだろう。
ただ、そんなものは無意味だ。
「非難したいのなら勝手にすればいい」
「む……」
「俺がやるべきことは、シロ王女を無事にフラウハイム王国に送り届ける……それだけだ」
「やれやれ、話がわからない愚か者は……」
再びの攻撃。
次はさらに速くなっていた。
突きが放たれたかと思うと、その直後、すぐに二度目の突きが。
さらに三度目の刺突。
風のような速さの三連撃。
注意していなければ刺し殺されていたかもしれない。
エルトシャン王子は顔をしかめた。
「今のも避けるか……」
「遅いからな」
「その余裕、いつまで保てるか楽しみだね」
こうして対峙してわかった。
エルトシャン王子は強い。
しかし、恐怖を感じるほどの力は持っていない。
あくまでも、『そこそこ』というレベルだ。
その辺りの冒険者、兵士にならば勝てるだろう。
ただ、歴戦の勇者や将軍を相手にしたのなら負ける。
それくらいの実力だ。
それなのに、なぜ、ここまで余裕があるのだろうか……?