243話 主のために
「悪いが、そのような話、俺は理解できないな」
突然、小屋に第三者の声が響いた。
エルトシャンと、その護衛の兵士達が慌てて振り返る。
いつからそこにいたのか?
アルム・アステニア……フライハイム王国第一王女ブリジット・スタイン・フラウハイムの専属の執事の姿がそこにあった。
――――――――――
「むぅ!?」
両手足を縛られて、床に転がされているシロ王女がびたんびたんと跳ねた。
エビみたいだ。
普通の民家よりも一回り狭い小さな小屋。
暖炉と小さな棚はあるものの、それ以外の家具はない。
中央に、シロ王女とエルトシャン王子。
部屋の端に、護衛らしき兵士が五人。
いずれも、鎧にヘイムダル法国の紋章が刻まれていた。
隠す気はない、ということか?
いや。
隠す必要がない。
絶対に見つからない自信があったのだろう。
「おやおや。これは、思わぬ来客だ」
兵士達は、「何者だ!?」とか「うろたえるな!」とか慌てていたが……
エルトシャン王子は落ち着いたものだ。
街中で散歩をしていたら偶然出会った。
そんな感じで、気軽に声をかけてくる。
「キミは確か、ブリジット王女の執事だったね? このようなところで、どうしたんだい?」
「それは、こちらの台詞だ」
ちらりと、シロ王女を見る。
「シロ王女をどうするつもりだ?」
「どうもこうも、彼女は僕の妻となる人だ。だから、連れて帰る。ほら、単純な話だろう?」
「そのような話、王国は認めた覚えがない」
「王国なんかに認めてもらう必要はないさ。僕は、欲しいから貰う……それだけだからね」
この男は……
無邪気な顔をして、子供のようなことを言う。
ただ、冗談の類ではなくて、本気であることが伺えた。
欲しいから奪う。
犯罪だとしても関係ない。
両国の関係がこじれることになったとしても、やはり関係ない。
この男の根底にあるものは、徹底的な自己中心的な思考。
自分さえよければいい。
自分の願いを叶えるために、他を踏みにじることになろうとも、やはり関係ない。
以前、ヘイムダル法国を訪れた時は気がつかなかったけれど……
なんていう邪悪な存在だ。
ある意味で、リシテアを凌駕する。
「とはいえ、ちょっと気になるなあ。ここ、僕と、他ごく一部の人しか知らない場所なんだけど、どうしてキミは追いかけてくることができたのかな?」
「……シロ王女が、最近、新型の魔石を開発したことは知っているな?」
隠しておくことでもない。
それに、状況を把握、相手を観察するための時間が欲しいので、話に付き合うことにした。
「もちろん、知っているさ。それがきっかけで、僕はシロ王女に目をつけたわけだからね」
「新型の魔石は厳重に保管されることになったが、その一部はシロ王女が身につけている。さらなる改良をしたいから、という理由と、お守り代わりになるかも、という理由だ」
「なるほど……うん、なんとなく理解できた。つまりキミは、新型の魔石が放つ波動を追いかけて来たんだね? そんなこと、普通は不可能だけど……たぶん、シロ王女が開発したのかな?」
「正解だ」
新型の魔石の有用性は非常に高く……
悪用目的で盗まれた時のことを考えて、探知できる道具をシロ王女が開発していた。
今回はそれを使い、シロ王女の居場所を突き止めた、というわけだ。
王城から遠く離れた場所。
そこに、あるはずのない新型の魔石の反応があれば、シロ王女以外ありえない。
「すぐに応援がやってくる。おとなしく投降しろ。ヘイムダル法国の王子とはいえ、今回の暴挙はとても見逃すことはできない」
「それは嘘だね」
エルトシャン王子は、即座に言う。
「応援? ありえないさ。フラウハイム王国の王城からここまで、どれだけの距離があると思っているんだい? キミは強そうだから、一気に駆け抜けてくることができただろうけど……他の普通の兵士なんかは、すぐにやってくることは、まず不可能だね」
「……」
「それに、ここは一応、ヘイムダルの国内に位置する。シロ王女がいるという確信、及び客観的な証拠があれば踏み込むことは可能だけど、そんなものはないだろう? 簡単に足を踏み入れることはできない。手続きに数日はかかるだろね」
全部、読まれているか。
頭の回転がとても速い。
……厄介だな。
なるべく穏便に、と考えてはいたが……
この様子だと、真正面からの突破は無理だ。
力付くの解決になるかもしれない。
まあ……
「おや? 急に怖い顔になったね」
「ふざけた真似をしてくれたからな」
力付くになったとしても、それはそれで問題ない。
ブリジット王女を悲しませて。
パルフェ王女やゴルドフィア王に心配をかけて。
他のみんなも……
そのようなことを引き起こした元凶を許すつもりはない。
二度とふざけたことができないように、ここで徹底的に……叩く!




