237話 次なる狙いは
「よろしかったのですか?」
ヘイムダル法国。
エルトシャンの執務室で、彼は、専属の執事からそう問いかけられていた。
「なにがだい?」
「王女達をそのまま帰してしまって」
「それは帰すに決まっているだろう? 特に、ブリジット王女は、次の王となるかもしれぬ方だ。そのような女性に手を出せば、王国は黙っていないよ」
「ですが……」
「今回の目的は、あえて彼女達を内に招くことで、彼女達の持つ情報、思惑を手に入れること。そしてあわよくば、ある程度、護衛がこちらに割かれているうちにシロ王女を……という話だっただろう?」
「はっ」
「それで……シロ王女はどうなったんだい? 無事、お連れすることができたのかな?」
「そ、それが……」
執事は汗をかいてうつむいてしまう。
エルトシャンは、やれやれと頭を振る。
「また失敗したんだね。これで三度目だよ?」
「も、申しわけありません……しかし、相手は」
執事の言葉は続かない。
彼の胸にナイフが突き立てられていた。
「かっ……な、なぜ……?」
「三度も失敗するような無能はいらない。罰が必要だ……そう思わないかい?」
「ぐっ……こ、このような……」
それ以上の言葉は続かず、執事は倒れてしまう。
そのまま絶命した。
死体をつまらなそうに見て、エルトシャンはため息をこぼす。
「やれやれ。本当に、どいつもこいつも使えない」
エルトシャンは呼び鈴を鳴らした。
他の執事やメイドがやってきて、死体に動揺することなく、それが当たり前のように片付けていく。
その後、一人になったところで、エルトシャンは考える。
「あえて内に招いたけれど、今のところは、向こうが情報を得ただけかな? 失敗と言わざるをえないけど……さてさて。これで諦めるようなら、僕は、彼女に恋をしていない」
壁にかけられているシロの肖像画を見た。
「暴力に訴えることは難しい……なればこそ、さらに強大な暴力に訴えることにしようじゃないか。そう。力は全てを凌駕することができる! はっ、ははは……ははははは!!!」
――――――――――
「うんにゃらー……」
シロ王女の私室。
彼女の勉強を見ていたのだけど、突然、奇妙な声を出して、ぱたんと机に突っ伏してしまう。
「どうかされましたか?」
「うー……シロ、疲れたよぉ。勉強ばかりで退屈だよぉ」
「とはいえ、これらの勉強は、王族であるシロ王女には必須ですから」
「王位はお姉様が継ぐんだから、シロは勉強しなくてもいいと思わない?」
「思いません」
「お兄ちゃんの鬼ーーー!」
「鬼でけっこうですから、勉強も続きをしましょう」
「うんにゃらー……」
シロ王女は疲れた様子ではあるものの、根は素直なので、勉強を再開した。
……ヘイムダル法国の訪問から一週間。
あれから大きな事件は起きていない。
シロ王女を狙う襲撃もぱたりと止んだ。
敵は諦めてくれたのだろうか?
それとも、次の行動に備えて準備をしているところだろうか?
いまいち敵の行動を読むことができず、こちらも簡単に動けないでいた。
できれば先手を打ちたいのだけど、それは難しい。
そうなると、なにが起きてもいいように万全の準備をして……
同時に、手痛いカウンターを繰り出せるように整える、ことか?
「お兄ちゃん」
「なんでしょう?」
「最近、難しい顔をしているけど、どうかしたの?」
「……いえ、なんでもありませんよ」
さすがというか、鋭い。
表情に出さないようにしていたのだけど、雰囲気などから察したのだろう。
やはり、賢く聡明だ。
ただ、まだシロ王女は幼い。
大人のドロドロした争いに巻き込むわけにはいかない。
「少し疲れていたのかもしれませんね。ここのところ、仕事が立て込んでいたので」
「むー……それ、嘘だよね」
「え」
「お兄ちゃんは、疲れた、とかそういうこと絶対に言わないもん」
しまった。
言われてみると、俺は、そういう発言をした覚えがない。
シロ王女の観察力もさすがだ。
「でもでも……話してくれないっていうことは、シロは聞かない方がいいんだよね?」
「それは……」
「いいよ。お兄ちゃんにはお兄ちゃんの都合があるし、シロは、わがままで困らせたくないもん」
聞き分けが良すぎる、というのも考えものだ。
シロ王女くらいの年齢なら、もっとわがままを言ってもいいのだけど、立場がそれをさせてくれない。
本人もそれを自覚して、わがままを口にすることはない。
もっと子供らしく、と思わないでもない。
「……シロ王女」
「なーに?」
「勉強の後、街へ行きませんか?」