221話 誘拐未遂
「シロちゃんが!?」
「誘拐未遂!?」
いつものようにブリジット王女の補佐をしていると、ヒカリがやってきて、そんな報告をした。
あまりに衝撃的な話に、ブリジット王女は動揺を隠せていない。
それも仕方ないだろう。
ブリジット王女は、わりと完璧な王女であるが……
それ以前に、一人の女の子だ。
大事な妹が誘拐されかけたと聞いて、落ち着いていられるわけがない。
「シロちゃんは!? 大丈夫なの!?」
「もちろんっす。あと、事件が起きていたことも、たぶん、気づかれることもなかったっす」
「よかった……」
ブリジット王女は安堵の吐息をこぼして、椅子に深く座る。
「犯人は?」
「騎士団に引き渡したっす。今頃、尋問されているんじゃないっすかね? ただ、ついさっきのことなので、まだ情報は引き出せていないと思うっす」
「そうか……他に怪しい者は?」
「城内に限っては、いないっす。なんか妙な気配がしたので見に行ったら、シロ王女を狙う二人組がいたので、こっそりと叩きのめしたっす」
「城下は?」
「うー……さすがに、自分、そこまでの探知能力は持っていないっす……」
「わかった」
目を閉じて集中。
意識を空に飛ばすようなイメージで、探知を行う。
「アニキ?」
「……たぶん、城下にも敵は潜んでいないな。裏世界の者が持つ、特有の影を感じられない。まあ、完全に気配を隠している手練れの可能性もあるため、断言はできないが」
「え……も、もしかして、城下全域を探知したっすか……?」
「ああ」
執事たるもの、国の全てを把握しておかなければいけない。
表も裏も。
そのために必要な技術は習得している。
「執事だから、で済ませちゃうんだね……」
「アニキは、アニキっすねぇ……」
ブリジット王女とヒカリは、なぜか苦笑していた。
なぜだ?
「シロちゃんが狙われていた、っていうのは間違いないことなのかな?」
「はい、間違いないと思うっす。連中、じっと影から様子をうかがっていたみたいで……でも、シロ王女は傷一つつけられていないところを見ると、誘拐する機会を伺っていたんじゃないかと」
「なるほど」
「連中、そこそこの腕前でしたね。自分の接近に気付いたし、初手で封じることができなかったので」
「苦戦させられたのか?」
「いえ。それぞれ、二手と三手でケリをつけたっす」
城内に潜入するような相手だ。
それを軽くあしらってみせるヒカリも、大概のような気がするが……
まあ、今はそれはいい。
「シロ王女の暗殺ではなくて、誘拐……目的はなんでしょうね?」
「うーん……身代金、なんてことはないだろうし」
「なんでっすか?」
「王族の誘拐なんて、国を丸ごと敵に回すようなものだからね。いくらなんてもリスクが大きすぎるかな」
「よほどのバカなら考えないことはないかもしれないが、しかし、そんな者が城内に潜入できるほどの者を雇えるとは思えない」
「なるほど」
ヒカリは、ぽんと手の平を打ち納得した。
「でも、敵はシロ王女を狙っていたっすよ? それは間違いないっす」
「そこが謎なんだよね……シロちゃんを誘拐するなり害するなり、そんなことをしたら、完全にアウトなのに」
「後先考えない相手なら、やりかねないけれど……」
例えば……リシテア。
彼女のような性格をした者が敵だとしたら、シロ王女に手を出すことも考えられる。
ただ、理由は?
「ブリジット王女。現在の国の体制に不満を持つ者は?」
「いくらかいるけど……その人達が?」
「可能性はあるかと」
「うーん……でも、いきなりシロちゃんに手を出すかなあ? それ、お父様が激怒して、体制を変えるどころじゃなくなると思うんだけど」
「それは……そうですね」
バーサーカーのごとく怒り狂うゴルドフィア王の姿がありありと想像できた。
金銭目的ではない。
反旗を翻すためでもない。
そうなると……
「……そうか」
一つ、心当たりがあった。
あの話は重要機密ではあるが……
この際、ヒカリにも聞いてもらった方がいいだろう。
「ブリジット王女、あの件が絡んでいるのでは?」
「あの件?」
「シロ王女が開発した、新型の魔石です」