215話 経験値ゼロの二人
いつものように、ブリジット王女の執務室で仕事を行う。
書類の整理とチェック。
そして、ブリジット王女の判断が必要な案件の精査などなど。
やるべきことはたくさんだ。
「……」
「……」
しばらくの間、共に無言で仕事を進めていく。
ただ、時々、ブリジット王女がちらっと視線を飛ばしてきた。
なんだろう?
「どうかしましたか?」
「え? えっと、そのぉ……」
気になり尋ねてみると、なぜかブリジット王女は赤くなる。
「……アルム君は、相変わらずかっこいいなぁ、って」
「そう……でしょうか?」
「うん、すごくかっこいいよ。えへへ」
子供のように笑うブリジット王女。
その頬は朱色に染まっていて、瞳はしっとりと……
やばい。
俺をかっこいいと言うが、そのブリジット王女は可愛いがすぎる。
そんなに魅力的なところを見せられてしまうと、集中力が散ってしまいそうだ。
「……」
「……」
今度は、別の意味で沈黙。
これは……良い雰囲気、なのだろうか?
甘いというか、こそばゆいというか。
そんな感じ。
ブリジット王女が、ペンを置いた。
「ねえ、アルム君」
「はい」
「その……私達、付き合っているんだよね?」
「はい」
「夢とかじゃないよね?」
「もちろんです」
「なら……」
そっとブリジット王女が立ち上がり、俺の近くに。
「ちょっとくらい、恋人らしいことをしてもいいと思わないかな?」
「そ、それは……」
ものすごく動揺してしまう。
それと、動悸が激しい。
まるで毒を飲んでしまったかのようで、体温が勝手に上がっていく。
「どう……かな?」
「……いいと思います」
今は仕事中なので、本来ならばいけないことなのだけど……
しかし、休憩は必要だ。
そう。
これは休憩。
そして、休憩中になにをしても問題はない。
「じゃあ、その……恋人らしいこと、してみようか?」
「は、はい……」
「……」
「……」
若干の沈黙。
ややあって、ブリジット王女が小首を傾げる。
「恋人らしいことって、なにかな?」
「……なんでしょう?」
俺も首を傾げた。
執事として、色々な知識と経験を身に着けてきた。
その勉強量は誰よりも多いという自負がある。
ただ……
よくよく考えてみれば、恋愛に関する勉強はゼロだ。
そちらの経験値もゼロだ。
こういう時、なにをどうすればいいのか、さっぱりわからない。
それはブリジット王女も同じらしく、あわあわと戸惑っていた。
「な、なでなでとか……?」
「それは、あまり恋人は関係ないのでは……?」
「えっと……じゃあ、膝枕!」
「付き合う前にも、していただいたことがありましたね」
「うー……ならなら……」
ブリジット王女は、がくりと肩を落とす。
「な、なにをすればいいんだろう……? 恋人って、難しい……」
同感だ。
付き合うことができて舞い上がっていたのだけど……
よくよく考えてみれば、それがゴールというわけではない。
むしろスタートだ。
「ブリジット王女、落ち込まないでください」
「でも……」
「俺もわからないことだらけですが……一緒にがんばっていきましょう」
「……アルム君……」
「それに、一緒にがんばる方が素敵だと思いませんか? 世の恋人はよくわからないのですが……俺達なりに、二人で一緒にがんばっていきましょう」
「……うん、そうだね!」
ブリジット王女の笑顔。
彼女の笑顔は輝いているかのようで……
この光を見ることができるのなら、俺は、いつまでもどこまでもがんばれるだろう。