213話 教えて、アルム先生
「まず、水は汲みたてを使うように。保存されているものだと、水とはいえ、どうしても劣化は避けられないから」
「それから、ティーカップとポットは、あらかじめ湯を通して温めておくように。そうしておかないと、温度が下がってしまう。わずかな差ではあるけれど、とても大きい」
「適量の茶葉を入れた後、沸騰したてのお湯を注ぐ。勢いよく気泡が出るくらいの温度のお湯で」
「適量のお湯を注いだ後は、しっかりと蒸らすこと。茶葉の大きさによるけれど、小さいものなら2分から3分。大きなものなら3分から4分。ここの時間の見極めは、何度も入れて練習するしかないな」
「最後はポットの中をひとかきして、濃さが均一になるように、こしながらカップに注いでいく。最後の一滴までしっかりと注ぐように」
「……と、いうわけなのだけど理解したか?」
「ぶしゅぅうううううーーー……」
ヒカリは目をぐるぐると回していた。
もう限界、というのが言葉を聞かなくてもわかる。
やれやれ、とため息をこぼした。
なぜ、ヒカリに紅茶の入れ方を教えているのか?
事の発端は、先日、俺とブリジット王女の潜入調査にあった。
今後、もしかしたら自分もメイドとして潜入調査をする時が来るかもしれない。
表面上、メイドとして振る舞うことはできる。
ただ、深いところまで触れるとなると、かなり怪しい。
「なので、アニキにメイドのなんたるかを教えてほしいっす!」
……というわけで、まずは、紅茶の入れ方を教えることになったのだ。
なったのだけど……
「紅茶を温めて、しっかりとカップとポットを蒸して、最後の一滴まで飲み干す……」
「待て。色々なものがごちゃごちゃになっている上に、ヒカリが飲んでどうする?」
「はっ!? そ、そんなつもりはなかったのに、つい……」
再び、ヒカリがぐるぐると目を回す。
「うー……ボク、こういうの苦手っす」
「まあ、そんな気はしてた」
「殴る蹴るなら得意なのに……」
「そんなメイドはいない」
「アニキがいるじゃないっすか」
「……俺は例外だ」
俺のような存在は奇特らしいと、最近、少しずつ理解してきたのだけど……
ただ、なかなか『普通』というものが理解できない。
完全に把握することが難しい。
「まあ、アニキはアニキのままでいいっすよ」
「……改善を放置されたような気がして、複雑な気持ちだな」
「あっはっは」
ヒカリは明るく笑うようになってきた。
とても良いことなのだけど、最近、やんちゃになっているような気もする。
困ったことだ。
子を持つ親というのは、こんな気持ちになるのだろうか?
「しっかりしろ。勉強したいと言い出したのは、ヒカリなんだぞ」
「はいっす……がんばるっす……」
とはいえ、先はなかなか厳しい。
ヒカリは真面目にがんばっているものの、向き不向きがある。
彼女は頭を使うよりも、体を動かすことの方が得意だ。
どのようにして覚えてもらうか?
「……そうだな。ヒカリは、紅茶を入れる時に一番大事なものはなんだと思う?」
「えっと……お、温度?」
「もちろん、それは大事だ。ただ、そういう知識や技術以前に、想いが大事なんだ」
「想い?」
「相手のことを想うこと。そうして、紅茶を入れること。それが一番大事なんだ」
技術と知識だけを使い、単純作業として紅茶をいれる。
それはそれで、美味しい紅茶ができるだろう。
ただ、味気ない。
それよりは、拙いものだとしても一生懸命に……
そして、相手のことを想って入れた紅茶の方が美味しく感じる時がある。
料理で、愛情は最高のスパイスと言われる時があるけれど、それと同じ。
相手のことを想うというのは、確かに伝わるものなのだ。
「……想い……」
「ありふれた言葉かもしれないけど、でも、本当にあるものだ。それを信じてほしい」
「わかったっす! ボク、アニキのためにがんばるっす!」
ヒカリは目をキラキラと輝かせると、紅茶を入れ始めた。
正直、色々と拙い。
手順もところどころ間違っている。
でも……
「うん、美味いな」
「えへへ♪」
ヒカリが入れてくれた紅茶は、想いがしっかりと込められていて、とても美味しいと思えた。