210話 悪あがき
「なっ……」
ドレイクが絶句していた。
それもそうだろう。
隷属契約を結んだはずのメイドが、想定外の、痛烈なカウンターを繰り出してきたのだから。
ドレイクの信念はどうあれ……
彼は、強欲な人間だ。
俺達にも手を出すと予想していた。
いや。
そうなるように誘導した。
だから、隷属契約を仕込んでくることも想定内だ。
魔道具の効果を打ち消す魔道具を用意していたため、俺とブリジット王女は隷属契約に縛られることはない。
そして、帳簿を手に入れるチャンスを得て。
さらに、ブリジット王女が一連の犯行を見届けるという、決定的な証人となることができる。
ドレイクは、俺達を罠にハメたと思っているようだが、その逆だ。
俺達がドレイクを罠にハメていた。
「ば、バカな……この私が、このようなところで? いや……そもそも、お前達はいったい……?」
「ふっふっふ。リットというのは、世を忍ぶ仮の姿……本当の私は」
「貴様は……そうか! ブリジット王女か!?」
「……」
得意そうに正体をバラそうとしていたのに、先に気づかれてしまい、ブリジット王女はとても寂しそうな顔をした。
ああいうノリ、大好きだからなあ……
「くっ……まさか、王女自らこのようなことをしているとは!」
「あなたのような卑劣漢を叩くためなら、なんでもやるよ。私の愛する民を、これ以上、傷つけさせない」
ブリジット王女は力強く言い放つ。
彼女は怒っていた。
卑劣な犯罪に手を染めるドレイクに、どうしようもなく怒っていた。
その気持ちはよくわかる。
俺も、この国の一員だ。
そして、フラウハイム王国のことが好きだ。
そこで暮らす人々の平和や笑顔を打ち壊そうとするのならば、それは、どんな相手であれ……敵だ。
「証拠は押さえた。私という証人もいる……もう終わり。おとなしく投降してくれる?」
「くっ……ふ、ははは! ここまでしたことは褒めてもいいが、証拠を取られただけで、この私が諦めるとでも? そのようなもの、力でねじ伏せればよい! その身一つで私のところに来たこと、後悔させてやろう!」
ドレイクが指を鳴らすと、音もなく、黒装束をまとう者が三人、現れた。
暗殺者だろう。
普段は、ドレイクの警護をして……
そして、いざという時は、邪魔な者に消えてもらう。
そのために契約を結んでいると見た。
「殺さずに無力化しろ。この際だ、王女も私の『道具』になってもらう」
「「「……」」」
暗殺者達は返事をすることなく、行動で応えてみせた。
ふっと、姿が消える。
そのまま風のように突撃してきて……
「甘い」
「ぎゃっ……!?」
先頭の一人の頭を掴んで、近くの本棚に叩きつけた。
さらに二人目の足を払い、よろめいたところで腹部に蹴撃を放つ。
吹き飛んで、地面を転がる。
「なっ……」
「この程度で動揺するなんて、ヒカリの足元にも及ばないな」
思わず足を止めてしまう三人目は、こちらから攻めて、沈黙させた。
「……なん、だと……」
一瞬で暗殺者がやられてしまい、ドレイクが愕然とする。
「ただのメイドが暗殺者を……バカな、ありえないぞ!? そのようなことは……はっ!? その姿、その目……貴様は、ブリジット王女の専属の……!?」
「今頃、気づいたのか」
「貴様、女だったのか!?」
思わずコケてしまいそうになる。
「ぷっ」
ブリジット王女、お願いだから笑わないでくれませんか?
今の俺は、自分で言うのもなんだけど女性にしか見えなくて、メイドそのものだけど……
本来は、きちんとした執事なのだから。
「俺のことじゃなくて、自分のこれからを考えた方がいい」
「ぐっ……」
「警告は、これで最後だ。おとなしく投降しろ。そうでない場合は、治癒院送りになる程度には痛い目に遭ってもらう」
「そのようなこと……この私が、ここで終わるなんてことは……ありえぬっ!!!」
ドレイクは懐から小さな笛を取り出して、それを吹いた。
リィィィーンという、細かく高い音が響く。
援軍の合図?
それとも……
「「「……」」」
屋敷で働く執事やメイド達が姿を見せた。
ただ、瞳の焦点は合っていない。
操り人形のように、どこか動きもぎこちない。
「これは……」
「お前達、二人を拘束……いや。殺してしまえ!」