209話 待ち受けていたもの
1週間が経ち、リットとアルの契約が完了した。
ドレイクは二人を執務室に呼び、直接、報酬を手渡す。
「ありがとう、二人共。おかげで助かったよ」
「いえ、もったいないお言葉です」
「はい。こちらこそ、ありがとうございます」
リットとアルは揃って頭を下げた。
従順な二人を見て、ドレイクは気を良くする。
……この様子なら、さらなる仕事を持ちかけたら、喜んで乗ってくるだろう。
ニヤリと笑いたくなるのを耐えて。
ドレイクは、何気ない様子で言葉を続ける。
「ところで、君達は、これからどうするのかな?」
「街に残り、再び仕事を探そうと思います」
「もう少し稼いでおきたいからね」
「そうか……なら、私からもう一つ、仕事を頼みたいのだけど、どうだろうか?」
「新しい仕事ですか?」
リットとアルは揃って小首を傾げた。
「恥ずかしながら、屋敷の倉庫が散らかっていてね。そこの整理を頼みたい。他に手が空いている者がいないのだよ」
「でも、私達、あまり力仕事は向いていないと思いますけど……」
「なに、問題はない。倉庫といっても、そこまで重いものはないはずだ。書類や小物がメインだな。時間制限をする気はないから、君達のペースでやってほしい。どうだろう?」
「そうですね……どうする?」
「引き受けましょう」
「そうか、ありがたい。では、これが追加の仕事に関する契約書だ。サインを頼む」
ドレイクは、リットとアルに契約書を渡した。
しかし、それは普通の契約書ではない。
隷属の契約を結ばさせるための、紙型の魔道具だ。
一見すると、普通の契約書にしか見えないのだけど……
二重構造になっていて、下に隷属契約の魔道具が隠されている。
それに気づくことなくサインをしたら、隷属契約を結んだことになり……
リットとアルは奴隷の身に落ちるだろう。
「えっと……はい、終わりました」
「同じく」
リットとアルはサインをしてしまう。
それを見たドレイクは、ついついニヤリと笑ってしまう。
「ふむ……問題ないな。では、改めて仕事を頼むことにしようか」
「はい、よろしくお願いします」
「なに、そうかしこまる必要はない。とりあえず……味見をさせてもらおうか」
「え? ……きゃっ」
ドレイクは、その場でリットを机の上に押し倒した。
当然、アルは大きな声をあげる。
「なにを!?」
「動くな」
「くっ……こ、これは……!?」
ドレイクの言葉で、アルはその場に縫いつけられたかのように足が止まる。
「うむ。効果は問題ないようだな」
「なにを……」
「ただの実験だ。きちんと、隷属契約は結ばれているようだな」
「隷属……?」
「さきほどの契約書に、魔道具を忍ばせていた。君達は、私と隷属契約を結ぶことになったのだよ」
「そんな!? どうして……!?」
「すまないね。ただ、国のため私のため、その身を捧げてほしい」
ここまでしておいて、ドレイクに罪悪感というものはない。
こうすることが正しい。
自分は間違っていない。
そんな歪な価値観に支配されていた。
ただ、ここで違和感に気づく。
アルは動揺した姿を見せているが、もう一人のメイド、リットは平然とした様子だ。
堂々とした姿。
どこかで見たような……?
「よし」
リットは、一つ頷いた。
「演技はそこまででいいよ」
「はい」
リットの言葉を合図にしたかのように、アルの様子が変わる。
動揺して怯えていたはずなのに……
まったくの別人のように平静になっていた。
それと、その手に収められているもの。
それは、ドレイクが管理しているはずの、人身売買に関する裏帳簿だ。
肌身放さず持ち歩いているのだけど、なぜ……?
「それは帳簿?」
「はい。徹底的に調査しましたが、どこにもないため、本人が持ち歩いているのでは? と考えましたが、正解だったようです」
「ナイス♪」
リットがドレイクを見る。
その目は……笑っているようでまったく笑っていない。
「さて……証拠は揃ったね。それと、証人もいる。これで、あなたは『終わり』だよ」