208話 囮捜査
「……そっか」
部屋に戻り、地下で見たことをブリジット王女に報告した。
とても難しい顔をしていた。
それと、怒りも感じた。
今すぐにドレイクのところに赴いて、詰め寄りたいのだろう。
ただ、確たる証拠がない。
のらりくらりとかわされてしまうと考えているため、俺と同じように我慢しているはず。
「捕まっている子達がすぐに売られちゃう、っていうことは?」
「断言はできませんが、ないと思います。この先、1週間のドレイクの予定を調べましたが、全て公務で埋まっていますから」
「さすが、アルム君だね。でも、いつの間に調べたのかさっぱりわからなくて、私、驚いているよ……」
執事なら、これくらいは当然だと思うのだけど……
むぅ。
最近、たまに思うのだけど。
俺はもしかして、執事としておかしいのだろうか?
的はずれなことをしているのだろうか?
……いや、まさか。
俺は、どこにでもいるような、普通の執事だ。
仕事を問題なくこなせるという自負はあるものの、おかしい、というレベルではないはず。
「おかしいからね?」
間髪入れず、ブリジット王女にツッコミを入れられてしまう。
なぜだ……?
「とにかく……子供達がすぐに売られる危険性はありません。ただ、劣悪な環境なので、一分一秒でも早く救出する必要があるかと」
「うん。そのために、確実な証拠が必要なんだね?」
「はい。俺の案としては、隷属の魔道具を購入したという帳簿を見つけることですね。部下に任せるとは思えないので、ドレイク自身が行っているかと。それを見つけることができれば、地下の件と合わせて、言い逃れはできないでしょう」
「んー……」
ブリジット王女は少し考える。
「念の為、もう一手、欲しいかな?」
「と、いうと?」
「証人がいれば、完璧だと思わない?」
ブリジット王女は、ニヤリと悪い顔をした。
――――――――――
「ふぅ」
ドレイクは私室で大きなソファーに体を預けた。
ほどよい弾力のソファーが体を受け止めてくれる。
心地よさを感じつつ、グラスに入った酒を口に運ぶ。
そして、唇の端を吊り上げた。
「いい感じだな。使い物にならないはずの浮浪児に、あのような使い道を示すとは……ふふ。私は天才かもしれないな」
ドレイクは、家をなくした子供達を保護して、里親を探すという活動を行っているが……
まったくの嘘だ。
実際は、地下牢に閉じ込める。
そこで、奴隷らしくあるために心を折る。
それから、奴隷商人に売り払う。
慈善活動とは正反対のおぞましいことが行われていた。
「この商売を始めて正解だったな。おかげで、今まで以上に街を発展させることができる。浮浪児も消えて街が綺麗になり、国庫も潤う。これが一石二鳥というやつなのだろうな」
どうしようもない犯罪に手を染めているのだけど……
しかし、ドレイクは、それで儲けた金を自分のために使うことはない。
伯爵として、成すべきことを成すために金を使っていた。
根っからの悪人ではないのだろう。
貴族としての責務もきちんと抱いているのだろう。
ただ……
目的のために手段を選ばない。
どのような手段であったとしても、迷うことはない。
目的を成し遂げることこそが一番大事なことであると、そう信じていた。
ひどく歪な人間だ。
「とはいえ……ふむ」
奴隷売買は順調だ。
軌道に乗り、大手の顧客も増えてきた。
ただ……
商売が拡大するにつれて、需要と供給のバランスが崩れ始めていた。
供給が追いつかないのだ。
元々、浮浪児はそう多くない。
フラウハイム王国はそういった方面にも力を注いでおり、あちらこちらに孤児院が建設されている。
そちらに、せっかくの商品が取られてしまうことも一度やニ度ではない。
かといって、文句をつけるわけにはいかない。
残った浮浪児を手に入れるしかないのだけど……
帝国という脅威が消えた今、国内の基盤は急速に固められていき、治安も経済も安定。
浮浪児そのものがいなくなり始めていた。
「ここで手放すには、あまりにも惜しいな。ふむ……商品のラインナップを変えてみるか?」
今までは子供を中心に扱ってきた。
それを止めて、それなりの年頃の少年少女にしてはどうだろうか?
その方がよほど需要があるだろう。
問題は、その調達手段だ。
「……そうか、ちょうどいい実験ができるな」
先日、臨時のメイドとして屋敷にやってきたリットとアル。
田舎から出稼ぎにやってきたと聞いているが……
あの二人なら、突然いなくなったとしても大きな問題にはならないだろう。
契約を終えた後、田舎に帰ると言っていたが、その後は知らない……と、とぼけることができる。
「試してみるか。うまくいけば、今後は、同じ方法で『商品』を確保していけばいい」
……最初は、ドレイクは、目的のためにやむを得ず、というところはあった。
ただ今は、金を稼ぐことが目的になってしまい……
いつしか人の道を外れていた。
そんな外道に待ち受ける未来は……