204話 アーガンハイド家
その後……
俺とブリジット王女はアーガンハイド家のメイド募集に応募して、無事に採用された。
打ち合わせなどを重ねて……そして、当日。
いよいよ潜入調査が開始される。
「ようこそ、我がアーガンハイド家へ」
臨時のメイドとして採用されて……
最初に案内されたのが、当主であるドレイク・アーガンハイドの執務室だった。
年齢は四十前半と聞いているが、その年齢にしては白髪が多い。
苦労しているのだろうか?
背は高く、体は細身。
貴族らしく綺麗な服を着ているものの、かといって装飾品で身を固めているわけではなくて、品は良いと思う。
奴隷売買に関わっている可能性があると聞いていたため、よくある小悪党を想像していたのだけど……ふむ?
一見すると、特に問題のなさそうな貴族だ。
とはいえ、初見でその人の全てがわかるなんてことはない。
実は……というパターンは何度もある。
見た目に騙されないように注意しつつ、やるべきことをやろう。
「期間限定ではあるものの、私は、二人を歓迎しよう。よろしく頼む」
「こちらこそ、よろしくお願いいたします」
「よろしくお願いいたします」
メイドに扮した俺とブリジット王女は、共に頭を下げた。
ブリジット王女の礼は完璧だ。
メイドの経験があるのでは? と思うくらい。
さすがというか、なんというか……
とても頼りになる人だ。
「リットとアル……だったかな?」
ドレイクが俺達の偽名を口にした。
わりと単調な偽名ではあるものの、その方がいい。
複雑な偽名にすると、唐突に呼びかけられた時、自分のことと認識できない場合が出てくるだろうからな。
「二人の仕事は簡単だ。この屋敷の雑務……主に掃除だね。それと、食事。その二つをメインにがんばってほしい。たまに、それ以外の仕事も飛び込んでくるかもしれないが、常識の範囲内で任せると思う」
「「はい」」
「それと、事前に聞いているかもしれないが、期間は1週間だ。報酬は、基本、金貨10枚。時間外労働や急な仕事が飛び込んできた場合は、別に手当を出そう。他、細かい条件や待遇はこちらの書類を見てほしい。なにか問題、疑問があればメイド長に話をしておいてくれ。すぐに返事はできないが、必ず私の耳に届くようになっている」
「「はい」」
「そうだな……ひとまず、簡単な説明はこのようなところか? なにか質問はあるかな?」
「……期間は1週間なのですね?」
少し迷い、そう質問をした。
「ああ。今まで務めてくれていた者が、家の都合で急に辞めることになってしまってね。急ぎ別の者を手配したのだけど、間に合わず……」
「その方が来るまで、お……私達が場を繋ぐというわけですね」
くっ。
自分のことを『私』というのは、どうにも慣れないな。
「その通りだ。1週間という短い期間だが、よろしく頼む」
――――――――――
「「失礼します」」
俺とブリジット王女はメイドに徹して、ドレイクの執務室を後にした。
広い廊下を歩きながら、俺達だけに聞こえる声で話をする。
「今の人が、一番の容疑者のドレイク伯爵だよ。国の評価としては、突出した能力はないけれど、かといってマイナスもない。堅実な人で、国の基盤を支えるのに大事な人……っていう感じかな?」
「そうですね……確かに、堅実そうな印象を受けました」
立場上、貴族は自己顕示欲が強い者が多いのだけど……
ドレイクは違う。
むしろ控えめだ。
それでいて、おさえるべきところはおさえている。
影でしっかりと動いているような印象だ。
「怪しいと思う?」
「さすがに、まだなんとも」
顔を合わせただけで判断できるのなら潜入調査の必要はない。
ただ……
「直感ですが……どこか嫌な感じはしました」