191話 最大の問題
「……少し考えさせてくれませんか?」
迷い、そんな言葉を出した。
「突然の話で、気持ちの整理が……」
「うん、そうだよね。別に、それで問題ないよ」
ブリジット王女は、にっこりと笑う。
「これは二人の問題だから、じっくり考えてほしいんだ。ただ、そういう道もあるよ、っていうことを知っておいてもらいたかったから」
「……あの」
ヒカリが不思議そうに尋ねる。
「どうして、ブリジット王女はそんなことまでしてくれるっすか? 自分だったら、アニキは独り占めしたい、って思うっすけど……」
「うーん……正直に言うと、そういう気持ちはあるよ? アルム君は私だけのものー! って、独占したいな」
「ただ……」と間を挟み、ブリジット王女は困った顔で続ける。
「でも……同じ人を好きになったから、ヒカリちゃんの気持ちはわかるつもりなんだ」
「それは……」
「叶わない恋は辛いよね。苦しいよね。もしかしたら、私が振られていたかもしれない。そんな可能性を考えたら、なんていうか、こう……アルム君を独占するのはいけないことのような気がしたの。私だけが笑顔になるよりも、みんなで笑顔になりたいな……って」
「……ブリジット王女……」
ヒカリは感動した様子で、ちょっと涙をにじませていた。
本当……
俺の主はすごい人だ。
普通、こんな風に考えることはできない。
誰かのために自分の幸せを分け与えるなんて、そんな発想には至らない。
でも。
そんな考えをするブリジット王女だからこそ、俺は、一生をかけて仕えると決めたのだ。
他ならぬ彼女だからこそ、全てを捧げるつもりでいた。
「ヒカリちゃんは、ゆっくり考えてね。アルム君も、無理強いするつもりはないから……でも、ちゃんとヒカリちゃんと向き合ってほしいの」
「……わかりました。どうなるかわかりませんが、しっかりと考えます」
「うん、お願い」
ひとまず、話が落ち着いた。
あとは王都に戻り、しばらく時間はかかるかもしれないけど、ヒカリのことをしっかりと考えて……
「……いや」
待てよ?
なにか忘れているような……
ヒカリに側室になってもらうとか、それ以前に、やらなければいけない大きな問題があるような……
「……あっ!?」
答えに思い至り、ついつい大きな声をあげてしまう。
それほどまでに大きな問題なのだ。
「どうしたの、アルム君?」
「アニキが大きな声をあげるなんて、珍しいっすね」
「……側室とか、そういう話以前に、とても大事な問題を忘れていました」
「「大事な問題?」」
「……ゴルドフィア王のことです」
「「あっ」」
二人共、俺の言いたいことを理解したようだ。
ゴルドフィア王は、とても聡明な方ではあるが……
しかし、娘を溺愛しているという、やや困ったところがある。
その溺愛っぷりはかなりのもので、ブリジット王女に手を出したら……と、何度も脅されたものだ。
「ゴルドフィア王は、今回のお見合いは、破談になると思っていますよね?」
「うん、そうだね……」
「結果、その通りになったのですが……しかし、俺とブリジット王女が恋人関係になることは、まったくの想定外だと思います」
「……あちゃー。しまったぁ……アルム君と付き合うことができて浮かれて、お父様のことをすっかり忘れていたよ……」
ブリジット王女も忘れていたらしい。
それくらい浮かれていたということは、嬉しく思うのだけど……
ただ、今は忘れてはいけないことだ。
「あの王様のことだから……下手したら、アニキを殺しかねないっす」
「ヒカリ、いくらなんでもそこまでは……」
「ううん、ありえるかも。というか、たぶん……ほぼ確実に、アルム君に襲いかかると思う」
「……マジですか?」
「今、アルム君が想像している以上に、私、お父様に愛されている自信があるから……いや、こんなことを自分で言うのもどうかしていると思うんだけどね」
はぁあああ、とブリジット王女は深いため息をこぼした。
「……アニキ、国に戻ったら処刑されるかもしれないっすね」
「私がお願いしても、たぶん、聞いてくれないかも……暴走する確率99パーセント」
「奇跡が起きない限り無理ですね……」
王都まで、あと数日。
そんな距離で、とんでもない問題に直面して、俺達は揃って頭を抱えるのだった。




