185話 さっさと幸せになりやがれ
「……ヒカリ……」
「あ、あれ? 自分、こんなつもりはなくて、本当に気にしていないのに……」
ヒカリは、くるっと後ろを向いてしまい。
今の俺は、その顔を直視することはできず……なにもできない。
「なんか、こう……急に心がぐちゃぐちゃー、ってなって……あう。自分も、まだまだっすね。アニキだけじゃなくて、自分も、恋愛はぽんこつっす」
「……そんなこと、ないんじゃないか。ヒカリは、その……俺なんかよりも、ずっと……」
どんな言葉をかければいい?
どんな対応をすればいい?
執事になるため、ありとあらゆる鍛錬を積んできたものの……
肝心な時、なにもすることができない。
なんて情けない。
……でも。
ここで自分を卑下しても、なにもならない。
むしろ、ヒカリの告白を踏みにじるような行為だ。
ヒカリは、俺に好意を持ってくれていて……
しかし俺は、自分を卑下したら……
それこそ、本当に『情けない』ことだ。
前を向こう。
悩むのはやめだ。
ヒカリが好きになってくれた『俺』を取り戻そう。
「ヒカリ、すまない」
「謝らなくていいっすよ……」
「それと、ありがとう」
「……ふへへ、ようやくアニキらしくなってきたっすね」
ヒカリの顔は見えない。
でも、笑ってくれていることはわかった。
「俺……行ってくるよ」
「はい、いってらっしゃい」
「ヒカリは……」
「自分のことは気にしないでください。大丈夫っす。あとちょっと時間をもらえれば、いつもの自分に戻っているっすから」
「……わかった」
俺は、一人、部屋を出ようとして……
「アニキ」
背中に声がかかる。
振り向かないで応える。
「うん?」
「……さっさと幸せになりやがれ、っす」
「そのオーダー、承った」
――――――――――
ブリジット王女に会いたい。
顔を見たい。
声を聞きたい。
とにかく、今すぐ、なんとしても……
そんな気持ちで胸がいっぱいになり、自然と早足になる。
最後は、ほぼほぼ駆けるような勢いで、ブリジット王女が利用する部屋に辿り着いた。
「どうかされましたか?」
護衛の騎士に声をかけられた。
しまった。
勢いのまま来たから、ブリジット王女に会うための口実を考えていない。
「……ブリジット王女に話しておきたいことがありまして」
ついつい、本音がこぼれてしまう。
ただ、それが良かったらしく、護衛の騎士は気さくに応えてくれた。
「そうでしたか。しかし、残念ですね。王女は今、不在です」
「え?」
「夜の散歩をしたいということで、中庭に向かわれました」
「中庭ですね? ありがとうございます!」
「え? あの……」
もう護衛の騎士の目は気にしていられない。
俺は、再び駆け出して中庭に急いだ。
◆◇◆ お知らせ ◆◇◆
さらに新連載です。
『おっさん冒険者の遅れた英雄譚~感謝の素振りを1日1万回していたら、剣聖が弟子入り志願にやってきた~』
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