178話 おや? アルムの様子が……
「アニキ」
「……」
「アニキ?」
「……」
「アニキってば!」
「……うん?」
振り返ると、ヒカリがいた。
「驚いた。いつの間に……」
「ぜんぜん驚いているように見えないっすけど……それよりも、先の戦闘の報告書っす」
小さいながらも、俺にも執務室が与えられて……
今は、そこで書類作業に追われていた。
普段ならブリジット王女のサポートをするのだけど、今は、先の戦いの後処理で手一杯だ。
「……これ、全部、報告書なのか?」
机の上に積み上がる書類の山。
それが全部で五つ。
「それは、ほんの一部っすよ。あと、十倍くらいあるっす」
「マジか」
速読術を身に着けている俺ではあるが……
さすがに時間がかかってしまいそうだ。
「わかった、目を通しておくよ。これの十倍なら……まあ、2時間もあれば終わるだろう」
「この書類の山を2時間とか、アニキ、人間っすか……?」
なぜかヒカリが引いていた。
いや、本当になぜだ?
「ところで、ブリジット王女っすけど……」
ガタンッ!
「アニキ?」
「……いや、なんでもない」
ブリジット王女の名前が不意に出てきて、驚いてしまう。
大げさな反応を見せてしまった。
というか、俺、慌てすぎだろう……
思春期の少年ではあるまいし、もっと落ち着くべきだ。
執事たる者、いついかなる時も冷静であるべし。
……よし。
深呼吸を何度かして、心を落ち着けることができた。
これで問題は……
「なんか、ブリジット王女のところに見合い話が持ち込まれたらしいっすよ」
ガタガタガタァッ!!!
「……アニキ?」
「い、いや……なんでもない」
ブリジット王女に見合い……だと?
まさか、そんな。
今まで、そんな話は一度も聞いたことが……
いや、待て?
それは、この国が安定していなかったからでは?
隣に帝国という問題国を抱えていて、気が抜けなかったからでは?
それどころじゃないから、見合いなんて話は来ない。
でも、帝国は解体された。
最大の問題が解決して、それなりに余裕ができて……
そして、ブリジット王女も将来を考える時がやってきた。
つまり、この状況を作り出したのは、ある意味で俺ということで……
「アニキ? 大丈夫っすか。なんか、顔色が悪いっすよ」
「い、いや……大丈夫だ」
「顔面蒼白で大丈夫って言われても、まったく安心できないというか……」
想い人の見合い話なんて聞いて、安心できるわけがない。
ただ……
俺になにができる?
所詮、俺はただの執事だ。
なんてことのない、どこにでもいるような凡人。
そんな者が王女と釣り合うわけがない。
「……」
「アニキ?」
「……」
「おーい」
「……」
「ダメっすね、こりゃ」
しばらくの間、俺は、ショックで放心してしまうのだった。
◆◇◆ お知らせ ◆◇◆
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