177話 ああ、これが……
「……失礼しました」
あれから30分ほど経っただろうか?
俺は、ようやく心の落ち着きを取り戻すことができた。
涙を流しすぎたせいで、ちょっと目がヒリヒリする。
たぶん、目は赤くなっているだろう。
そんな俺を見ても、ブリジット王女は笑顔のままだ。
「もう大丈夫?」
「はい、問題ありません」
「そっか、よかった」
にっこりと、優しい笑み。
「……」
その笑顔に見惚れてしまう。
心を奪われてしまう。
なぜだろう?
今までも、何度か、ブリジット王女の笑みに見惚れてしまうことはあった。
でも、今回は違う。
彼女を見ていると、ものすごく心をかき乱されてしまう。
恥ずかしいというか、こそばゆいというか……
ドキドキしてしまう。
なんだ、これは?
いったい、なにが起きているんだ?
「アルム君?」
ブリジット王女は、不思議そうにこちらの顔を覗き込んできた。
たぶん、心配してくれているのだろう。
でも、その距離があまりに近くて……
「っ!? な、なんでしょう……!?」
俺は、慌てて距離を取る。
「あれ?」
「どう……しましたか?」
「んー……私、今、避けられた?」
「……いえ、そのようなことは」
「気のせい? でも、うーん……まあいいか」
ブリジット王女と距離を取ると、少し落ち着くことができた。
ただ、胸の鼓動はまだ早い。
「あのさ」
「はい」
「これからする話は内緒にしてほしいんだけど……」
「なんでしょうか?」
ブリジット王女が内緒話というのは珍しい。
不思議に思いつつ、続きを聞く体勢を取る。
「リシテアのお墓、作ってあげない?」
「……それは」
「うん、けっこうまずいことを言っている自覚はあるよ」
リシテアは、やりたい放題やってきた帝国の皇女。
本人もまた、暴君として君臨してきた。
そんな彼女の墓を作るとなると、多くの人が反発するだろう。
また、帝国の残党が息を盛り返すかもしれない。
百害あって一利なし。
まさに、その言葉通りのことになってしまうのだけど……
「もちろん……っていうのも変な話だけど、ちゃんとしたお墓は作ってあげられないかな。場所は、辺境になると思う」
「そう……ですね」
「でも、お墓を作ってあげるくらいは、いいんじゃないかな……って。そう思うんだ」
「……いいのですか? それなりのリスクが……」
「承知の上」
ブリジット王女は苦笑した。
「私は、酷いことを繰り返してきた彼女を許すつもりはないよ。ないけど……でも、穏やかに眠ってほしいな、とも思うの。なんか、矛盾しているけどね」
「……わかるような気はします」
「だから、お墓を作ってあげたいな、って。小さくて、名前だけのものになるだろうけど……でも、それくらいはしてあげたくて」
「……ありがとうございます」
「アルム君のためじゃないよ? 私の自己満足みたいなものだから」
なんて言うけれど。
俺のことを考えてくれていることも、また確かなことなのだろう。
そんな優しいブリジット王女だからこそ、俺は……
「……あぁ」
不意に理解した。
胸にある温かい想い。
そわそわとして、落ち着かなくなる理由。
それは、俺がブリジット王女のことを……
「アルム君?」
「え?」
「今、妙な顔をしていたけど……どうかしたの?」
「……いえ、なんでもありません。少し、考え事をしていただけです」
「そう? なら、いいんだけど」
俺は……
ブリジット王女に恋をしているのだろう。
◆◇◆ お知らせ ◆◇◆
再び新連載です。
『氷の妖精と呼ばれて恐れられている女騎士が、俺にだけタメ口を使う件について』
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