176話 捨てられないからこそ
「リシテアは……俺を執事にしたことは、親からの命令で仕方なく。そこに、大した感情はありません」
「うん」
「それ以降は、酷い扱いが続いて……今にして思うと、それなりに無茶振りをされていたような気がします」
「それなりじゃなくて、とんでもなく、だけど……うん」
ブリジット王女は俺を抱きしめつつ、相槌を打ってくれる。
ちゃんと話を聞いていると、という感じで、時折、頭を撫でてくれた。
子供になった気分だ。
でも……心地いい。
温かくて。
優しくて。
そして……その温度に、なぜか泣いてしまいそうになる。
「リシテアのところを去ってから、もう関係ないと思ってから……でも、過去は捨てられなくて。今も繋がっていて」
「うん」
「彼女の非道な行いを聞いた時は、どうしようもない憤りを覚えて。自分がなんとかしなければという使命感に駆られました」
「うん」
「そして……その通りに、リシテアを討ちました」
彼女にトドメを刺した感触。
それがまだ、この手に残っている。
後悔はしていない。
でも、寂しさは……ある。
「リシテアは、どうしようもなくて……擁護しようのない非道をしていた。本当にどうしようもないヤツだけど……でも、俺は……俺は!」
リシテアのことを……完全に見捨てることができなかった。
本当のことを口にすると、最後の最後まで、その命を奪うことを迷っていた。
改心してくれることを望んでいた。
そう願ったのは、捨てられない過去があるから。
俺がリシテアの執事になる前。
一緒に遊んでいた頃。
あの時のリシテアの笑顔は、確かに本物だったと思う。
「ああ、もう……なにを言えばいいのか自分でもわかりません。ただ、俺は……」
「わかっているよ」
ブリジット王女の声はとても優しい。
そう、まるで天使のようだ。
「アルム君は、リシテアと……仲直りしたかったんだよね」
仲直り。
その言葉が、すとんと胸に落ちる。
そっか。
そういうことなのか。
俺は……
「……はい」
また、リシテアと笑い合えることができればと。
心の底で、そう願っていたんだ。
決別しても。
彼女の元を離れても。
それでも、リシテアは幼馴染なのだから。
「申しわけありません……俺は、なんて優柔不断なヤツなんでしょう……」
「ううん。それは、アルム君の優しさだと思うよ。どんなことになっても、また幼馴染と笑い合いたい……そう願うアルム君はとても優しくて、そして、私は誇りに思う」
「……ブリジット王女……」
「その願いは、もう、叶わなくなっちゃったけど……うん。だからもう、我慢しなくていいの」
ぎゅっと、さきほどよりも強く抱きしめられた。
ダメだ。
そんなことをされたら、俺は……
「うっ……くぅ」
どうしても我慢することができず、涙がこぼれた。
一度決壊したそれは、もう止めることはできない。
次から次に涙がこぼれて、頬が濡れていく。
ブリジット王女は、そんな俺を一度見て……
もう一度、胸に抱いた。
「いいよ、泣いちゃえ」
「しかし……」
「辛い時は辛いって、そう言っていいんだよ。苦しい時は、苦しいって助けを求めていいんだよ」
「俺は……」
「アルム君はとんでもない力を持っていて、色々と規格外の執事だけど……でも、やっぱり人間なんだから。普通に傷ついて、普通に泣いちゃうこともあるよ」
「……ブリジット王女……」
より強く抱きしめられる。
そうされると、我慢しようと思っていたものが、どんどんあふれてしまう。
止められない。
我慢できない。
どうしようもない。
「俺は、俺は……!」
「うん」
「本当は、リシテアと仲良くしたくて……無理だとわかっていても、昔のように、最初に会った頃のように……!」
「うん」
「でも、それはもう叶わなくて、だから、俺がこの手で止めるしかなくて……くっ、ううううう、あああああああっ!!!」
「……がんばったね、アルム君。がんばったよ。偉いね、本当に偉いね。だから……今は、おつかれさま」
◆◇◆ お知らせ ◆◇◆
再び新連載です。
『氷の妖精と呼ばれて恐れられている女騎士が、俺にだけタメ口を使う件について』
https://ncode.syosetu.com/n3865ja/
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